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DEFC 便り 28

 DEFC便り 28(2017年12月)を発行しました。(容量607kb)以下のurlをクリックして下さい。

_DEFC28_20171211発行版

主な内容は以下の通りです。

〇 秋のラオス視察 松本代表報告
〇 国内活動
〇 今年(2017年)春のラオス視察報告 支援者現地案内
〇 奨 学 金 (田舎で貧しくて大変だけど頑張っている高校生への支援金)
〇 2016-2017年度通常総会報告
〇 DEFC 収入報告 ご支援、ありがとうございます。
〇 ご案内 DEFC銀行口座     ご支援は以下の口座へお願いします。
〇 DEFCの協力団体紹介

 

付きまとう薬物

DEFC事務局 沢田誠二

アヘンは有史以前の遺跡でも痕跡が見つかっているとのことです。祭りや祈りまたは治療に使われたのでしょうか。人類が最も古くから付き合ってきた薬物の一つと思えます。近世になって西欧で一時市井にもてはやされたこともありましたが、その強い中毒性のため今では世界中で禁止薬物です。

禁止に至る近代史で、ケシ栽培とアヘン生産は戦争におぞましく付きまとっています。植民地全盛時代の大英帝国が中国(当時清朝)に対して行ったアヘン戦争はその典型です。インドで作ったアヘンを中国へ持ち込み大儲けしました。国を疲弊荒廃させるとして抵抗した清国に戦争を仕掛け屈服させたのです。軍国時代の日本の関東軍の隠された資金源でもありました。当時の満州(今の中国東北部)で作ったアヘンを中国(当時中華民国)へ密輸販売し巨額の利益を得ました。中国はますます疲弊しましたが一方では、これではいかんという人たちが立ち上がりました。

戦乱と疲弊貧困の連鎖はアヘンを伴って今も続いています。昨今の世界のニュースはアフガニスタンとその周辺でケシ栽培が復活していると伝えています。過去数十年来アフガニスタンは戦乱と貧困の中にあります。貧しい辺境では以前からケシ栽培が盛んでした。二昔前にターリバンが政権を取って禁止し栽培は減少しました。しかし、その後追い出される立場になったターリバンは資金源とするために栽培と生産をやっているのです。この連鎖を止める方法はあるのでしょうか。

ラオス、タイ、ミャンマーが隣り合う地域はもう一つの大きな栽培地でした。べトナム戦争を知る村人は「当時このあたりはケシでいっぱいだった」と言っていました。いずれの勢力がこれから資金を得ていたのかの詮索はともかく、今世紀初めラオス政府は日本を含む国際支援で中毒者の治療もあわせてケシ栽培撲滅に乗り出し、数年後に一掃したと宣言しました。タイはもっと早く、周辺の国々も同様な施策を行いました。

しかしながら他の禁止薬物で依然東南アジアは危険なところです。旅行者や戦乱に直接には関係のない人たちがこの種の薬物に誘われるのです。これを防ぐためどの国でも厳しく規制し、理由は何であれ所持するだけで死刑、良くて終身刑です。興味があるからと近づかないこと、決して見も知らぬ人から物を預からないことです。

撲滅宣言をしたこの地域で、ケシ栽培がひそか進んでいないか心配です。

以上

 

50‐100円の引き出し

2017年6月1日  DEFC事務局 沢田誠二

久し振りにラオスの話題、二年以上前にここで紹介したひげチョビたちがやっている奨学金です。延べ人数は110名を越えました。この内30名が終了、大学や専門学校へ進んでいる学生もかなりいます。何人かは知らせてくれました。田舎の高校生へ3年間、半年ごと¥6,000円のちいさな提供ですが結果が出てきています。問題も少し。

十年前と比べラオスは大きく変わりました。教育もその一つです。田舎や山岳僻村でも子どもたちは学校へ行くようになり、半数以上が中学校へ進んでいます。教科書は不十分ですが行き渡ってきています。先生の教え方も変わり低い目線で教えるようになりました。でも、高校へ進む学生はまだ少なく、ところに依りますが半数程度です。この年齢になると家事や農業の大切な働き手です。大部分は単純作業ですが出稼ぎで収入も得られます。進学しても結婚でやめてしまう例も少なくありません。高校がまだ未だ少ないことも理由でしょう。

学校が遠くにあるため毎日の通学が出来ないので、遠隔地の学生は学校の近くに居留します。親戚や知人を頼って下宿したり、二段ベッドの学生寮、竹や草葺の小屋に住んでいます。寮や小屋住まいでは自炊が当たり前で、カップラーメンはごちそうです。週末や休日は農業の手伝いや家畜の世話のために実家に帰ります。中には学期中に1、2度しか帰らない学生もいます。遠いし帰る金もないからです。片親や両親とも死別した学生、7-8人の兄弟姉妹の中で本人だけ高校へ来ている場合も少なくありません。奨学金はこのような状態で頑張っている学生を選んでいます。

送金は銀行振り込み、直接に本人の口座へ届けます。事情があって学生たちの通帳を調べました。首都から送っているのですが、その日に届かないで数日後から一週間ほどして届く場合があることが分かりました。最近の例では3か月たって届きました。どういうわけか分からないのですが、遠隔の山岳地にあるATMの場合、現金輸送が間に合わないのかもしれません。

心待ちにしている送金が届くと、学生たちはすぐに全額を引き出しています。幾人かは少しずつ、日本円にして¥50-100円単位で引き出していました。いずれも大切に使っているのです。学用品やどうしても必要と思える数学や英語の教科書を買ったり、補習してくれる先生への謝金、カップラーメンなどの食品、親元へ帰るためのバスや渡し船代に使っているようです。多分実家の生活、兄弟の学用品などにもなっていることでしょう。

生活と勉強の様子を知るために、手紙と写真を送金前に送ることを条件にしています。始めは大変そうですが卒業近くになるとまとまりの良い手紙が届くようになります。送られた写真で見るb彼らの成長はとても嬉しいものです。

最近はスマホで送ってくる学生もいます。早くて便利でよいのですが、問い合わせや相談事もあって担当者泣かせになってきています。資金はすべて支援してくれる人からいただいています。ありがたいことです。

田舎の中高生たちと住んでいる小屋(2016年2月)

田舎の中高生たちと住んでいる小屋(2016年2月)

 

 

奨学生に会いに行こう

2017年6月20日 事務局 沢田誠二

フォンサリはラオス最北部、世界遺産都市ルアンパバーンから陸路2日かかるところです。標高1,200メートルの山岳地、30ほどの少数民が居住、朝夕の雲海をはるか下に見る天空の郷です。

今年3月、4名が訪れました。DEFCの支援地視察と奨学生たちとの面談、新規奨学生を選ぶ試験が目的、一週間以上の旅程でした。道が良くなって道中時間は以前より短くなったようですが、学生たちが学ぶ山奥の高校への道のりは依然大変だったとのことです。

ハッサー高校は県都フォンサリから山道を下って約1時間の谷底、斜面を削った狭いなりの平地に校舎や草ぶき教室、先生の宿舎や自炊小屋が散在しています。運動場に相当する広場はありません。

代表 MTの話です。

「奨学生と面談中、校長が一人の学生を連れてきました。小さい時から足に障がいを持っているのだが、とても勉強に意欲がある。親は貧乏でおおぜいの子どもたちを小学校(5年間)へやるだけで精一杯。まして足が悪いこの子には勉強などしても無駄、せめて家の手伝いをしろと、半ば強制的に学校に行くなと言っている。でもこの学生はどうしてももっと勉強したいということで中学校へ通って来ており、高校へも行かせてやりたい。

校長の話が終るか終わらない時に、同席のSOさんが「諾」とはっきりと返事しました。直ぐに担任の先生の大泣きが聞こえてきました。室に入れずに外からずっと心配して見ていのです。校長もうれし泣き。参会していた皆さんも感涙です。

学生は終始うつむいて私たちの話を聞いていました。もしかしたら、何が起きているのか理解できていなかったのかもしれません。急にやってきた外国人が諦めないといけないと思っていた希望の扉を開いてくれたのです。奨学金に応えてくれたSOさんから「勉強したいのか、学校に行きたいのか?」と問われ「はい」とはっきり返事し、少しだけニコリとしました。障がいを持つからこそ勉強が必要との判断だったと帰りの車中で聞きました」

サムパンサイは雨季には車が入れない難路遠隔地、幹線道路から逸れて谷道尾根道を1時間以上、もみくちゃに揺さぶられ、幾度も頭を四駆の天井へぶつけ辿り着けるところです。電気は数年前に来ましたが、ゲストハウスはありません。ふもとまでの交通は主にバイクの二人三人乗り、そうでなければ片道数時間の歩きです。

高校は集落から少し離れた斜面を下った比較的細長い平地。校庭を挟んで一方に校舎、片方に先生や学生たちの寮や小屋が立ち並び斜面片方は雲海に続いています。少し上の斜面にしつらえた溜池から引いた簡易水道が共同の炊事や水浴び場です。周辺と教室はきれいに整えられていて、先生たちの熱意がうかがえます。

送金を心待ちしている奨学生たちは半日かけて歩いて下りATMで半年ごとの入金を確かめます。奨学金が届いていないことが分かりました。3カ月も前に首都の銀行で振り込みしたのに、です。彼らは失望し重い足取りで自炊小屋に帰ったことでしょう。入っていれば少しは買い物をし何か食べて元気に帰ったでしょう。このことで視察の皆さんは肩身の狭い思いをさせました。それでも学生たちの自己紹介スマホ映像を持ち帰りました。代表の話です。

「スマホの波はここまでも来ており、学生たちは写真を撮られることには慣れています。でもビデオに撮られる、ましてや自分のことを話すとなると初めの体験だったことでしょう。何人かの学生は緊張で途中で言葉に詰まり、撮影後泣き出した学生もいました。

帰路、学生たちの涙は何だったのだろうと話し合いました。緊張が解けた涙だったのか、きちんと話せた自分に対する涙だったのか。一つ言えることは、あの場にいた誰にとっても、人生でかけがえのない時間だったということです。

サムパンサイへの訪問は当初、予定にはありませんでした。交通のアクセスが悪すぎるためです。費用対効果を考えれば、学生たちにふもとの村まで出て来てもらい交通費や宿泊費を払うことが正解だったでしょう。NPO活動にも費用対効果の考えはとても大事ですが、あの場所あの瞬間でしか見られない学生たちの表情がとれ、その時間を一緒に共有することができました。それはとても尊く、美しいものでした」

映像は帰国後代表がDVDに編集し支援者へ届けました。はにかみながらもきちんと挨拶をしている純朴な姿を見て、受け取った支援者は喜んでくださいました(写真)。

奨学金未着の問題は、同行のYMさんが手早く連絡などしてくれ、学生たちの通帳記録を調べました。視察団の訪問した日の前後に振り込まれたことが分かりました。届くのに数カ月掛かっていたのです。かの地は難路の遠隔地、最寄りのATMへ行くのも1日がかり、振込みを得てもお金を引き出せないこともあるところです。

そんなところで行うNPO活動は私たちのところの常識という物差しは使えません。それなりに、あるいは、だからこそやりがいがあると思えます。

感激や励まし、嬉しい出会いもあるからです。

写真、奨学生ノイワンリーの動画表紙写真、背景は学生たちの住む小屋や寮

写真、奨学生ノイワンリーの動画表紙写真、背景は学生たちの住む小屋や寮

DEFC 2016-2017年度通常総会報告

(記述文字、黒色は総会時に配布した原案、青色は議事経過と修正と加筆を示しています)

案内・委任状郵送 2017年4月18日
議案書 開催日配布
開催日時  2017年5月11日(木)13:30-14:30
開催場  所  京都府京田辺市松井ケ丘1丁目23番地4 DEFC事務所 沢田誠二宅 (0774-63-2060、090-8984-1381)
経 路  大阪からはJR 学園都市線松井山手駅下車、京都駅からは直Qバスが便利、詳細はお問い合わせください。

出席会員 苫広、内山、桐原、辻、木下、沢田Y、沢田S (7名)、議長への委任状 19名、
総会成立 会員総数31名中参加者26名、定款27条 三分の一以上の出席を満たしている。
司会と議事運営 沢田S事務担当理事
松本代表が海外滞在中(国境なき医師団)で欠席(委任状出席)を報告
議長選出 苫広会員、沢田理事を選出
議事 議案書に沿って沢田理事は報告後、質疑、会計の仕方について活動項目ごととし、支援金の移動を管理するだけの「校舎等建設手伝い」や「現地視察同行案内」の会計は、2017年度からDEFC会計から切り離す、今年度(2017年度)の活動の基本方針として、「ラオスの人たちがやっている教育NPOと提携する」と決定、議事録承認者として木下会員、辻会員を選出して予定時刻で閉会した。

1号議案  2016年活動報告
国内活動

熊本地震緊急支援  2016年4月14日の地震への緊急義援を呼びかけ、会員や支援者、友人・知己から受けた義援金を、初期には現地で本人もかなりの被害を受けたがやってくれるという協力者(元JICAシニアボランテア)へ送金、協力者はミスや食料、衛生品、調理器具など緊急必要品をあちこちで購入、最も被害の大きかった御船町避難所へ数日間届けてくれた。後半では、災害義援金を管理送金してくれるNPO-スマートサバイバー経由で現地の支援組織へ送金した。寄金者(組織)39、総額(送金額も同じ)¥637,000円、ありがとうございました。
     内山-Y プロジェクト  2016年10月1日~11日、ラオスのサイサモンとニンラダ先生を日本に招聘、大津市立青山小学校で校長はじめ教職員の全面的な協力を得て研修を実施、朝の登校時の挨拶活動に始まり、すべてグラフィックス1の学年で授業参観、給食体験、休み時間での交流などが休む間もない充実した内容でした。授業時間をいただき、生徒たちにラオス紹介。すべての日程で国費留学生ニョッドマニーさんが通訳および様々な世話をしてくれました。ラオスの先生たちはすべてが新鮮な驚きであったようです。見たこと、体験し学んだこと、参考になったことは今後の教育に生かしてくれることでしょう。テレビや新聞の取材がありました。市教育長への表敬訪問、立命館大学の経済セミナーでお話する機会も得ました。
      藤沢康裕理事  6月25日(土)神奈川県のセシリア女子中・高等学校の高生徒会役員及び顧問教員にラオスでの学校建設について講演、息の長い生徒会活動として何かやれないかということを考えるとの趣旨でした。 グラフィックス2
沢田誠二理事  8月3日(水)関ライオンズクラブの月例会で講演、ラオスの教育事情と支援について。
松本卓朗代表  9月3日愛知県のNPO手しごと屋豊橋で講演、国際医療活動体験で得たことグラフィックス3考えることを紹介、DEFCについても話しました。アフリカやアラブ諸国で人々の習慣、宗教や文化の違い、仕事をすることの大変さ、信頼を得ることの大切さを話し、たくさんの質問と共感を受けました。

ラオス活動

   奨学金 現在奨学生数、111名、内終了や退学生30名ほど、支援者100名以上で、実施上の困難(奨学生への連絡や周知、銀行送金の遅れなど)はありますが、年ごとに充実しています。卒業生の半数程が、ラオス国立大学や専門学校へ進学しています。
3月に行った奨学生や担当教員との面談で奨学金の主旨や彼らがやるべきことなどの周知が出来てきました。奨学生からの連絡は、留学生や協力者のおかげで直接にできるようになってきています。視察中に出会った、勉強意欲のある障がい学生を即断で受け入れも行いました。
  ラオス支援地視察 (2017年2月24日―3月17日) 支援者と同行して校舎提供をした村小学校などの訪問、奨学生面談、6次奨学金試験、太郎の図書館訪問、残留不発弾地域視察。行き先を三つに分け同行者を募り、費用はDEFC負担を除き、参加者均等負担で実施しました。
フォンサリ 組4名、2月27日-3月4日以後ルアンパ番組の合流、難路・遠隔地の学校6を視察、奨学生面談で12名の挨拶動画記録グラフィックス4を撮影、帰国後9名分をDVDにして支援者へ配布、ホームページへも掲載した。
ルアンパバン組 豊橋グループ15名、つぼみ会5名、同行通訳を合わせ24名、3月2日-同6日、奨学生面談グループと村小学校などの訪問グループに分かれ合計12の学校を訪問視察、観光はヴィエンチャンの3か所とルアンパバンの夜店だけ、やや厳しい日程だった。グラフィックス5シェンクアン組 11名、3月7日-同10日、残留不発弾処理センター、不発弾探索と最終爆破処理現場懸隔と女性隊への慰問、たろうの図書館訪問とモン族の民話研究者安井様面談、村小学校を訪問し不発弾教育の様子を視察。

2号議案  2015年度会計と監査報告 (項目について説明を入れ承認)

DEFC収支決算 (2016年4月-2017年3月、日本円)

監査報告 事業の性格上、使用通貨が3種(日本円、アメリカドル、ラオスキップ)、加えて換金率の変動で会計は煩雑にならざるを得ない。 会計原簿には収入、支出、資金の移動などについて明確・詳細に記録されている。これをもとに項目別に段階的に集計して収支決算書が作られている。

会計原簿と領収書類の抜き取り照合、日本にある銀行通帳3通の照合を行い、照合項目は全て合致していた。決算に至る集計は段階的に行われている。

会計記録と領収証などの保全・管理は改善が望まれるが、会計は妥当と認める。

監 事 乾美紀

2017年5月10日

 項目 収  入 支  出
繰越し (2015年度から2016年度へ、定期預金及び年度を挟んだ校舎等建設手伝い預り金)

5,205,468

 一般寄付 (指定がなかった寄付)

 173,456

 0
 会  費 (二年分や定額以上の提供を含む  194,000  0
 熊本地震緊急支援 (収支差額は領収証送付や銀行送金事務費  637,922

633,990

 研 修 (内山Yプロジェクト、サイサモンとラオス教員1名の大津市小学校での教育体験、収支差額はDEFC負担 522,040

610,725

 講 演 (支出は受領した講演謝金から支出した交通費実費  95,278

38,020

 校舎等建設お手伝い(DEFCは手数料に相当する金額は受け取っていない、収支差額は年度をまたがった現地への送金予定の預り金、2017年度から別会計とする

5,593,684

2,035,609

 冊 子 (沢田著作「アヘンさよなら学校こんにちは」、絵はがきほか各種印刷物への寄金、支出はこれらの印刷実費

84,112

27,698

ラオス支援地視察同行案内 (差額は奨学生面談などのDEFC活動であるのでDEFC負担、2017年度から別会計とする

1,332,582

1,735,773

奨 学 金 (奨学金は3年間である。差額は繰越金又は定期預金としている

1,161,000

621,549

スタツア (サイサモン学校教育体験、差額は2017年度に受取り予定

120,000

250,000

日本活動 (日本国内での諸活動、事務費、収入は貸し出したプリンタへの謝金、支出は会費及び一般寄付収入から

4,020

250,000

翻 訳 (奨学金手紙、契約書などの翻訳への謝金、、支出は校舎等建設お手伝い及び、奨学金収入から  0

39,840

 ラオス活動 (ラオス国内での諸活動への謝金、交通や事務費、支出は会費、校舎等建設、奨学金及び一般寄付収入から  0

148,314

 利 子 (ラオス銀行預金利子を含む、定期預金の利子は含まない  7,271  0
 合 計 (2016年度円換算収支

9,925,365

6,329,123

2017年度への繰越 (円換算、ラオスでの定期預金を含まない

3,596,242

 

財 務 状 況 (2017年3月31日現在)
項  目 Kip  3号議案役員人事全員留任を提案します。

理 事(代表)
松本 卓郎
理 事(広報)
藤沢 康裕
理 事(事務会計)
沢田 誠二
理 事
桐原栄美子
理 事
川島 良一
理 事
一戸 慎也
監 事
乾  美紀
監 事
沢田さやか

沢田現金会計

16,523

715,500

13

松本現金会計

73,423

 0

139

サイサモン現金会計

1,093,070

114,096,532

833

藤沢現金会計

0

 0  22
マニー現金会計

18,138

 0  0
京都銀行  401,435
郵貯銀行  1,973,017
三菱東京UFJ  14,948
DEFC Laos US$ Account BCEL  57
 DEFC Laos Kip Account BCEL  34,915,713
 ラオスポンサワーン銀行  606,320  11
 合   計  3,590,554  150,334,065

1,075

 定期預金
Lao-Viet Bank, one year, interest, 10.25  50,000,000
 Lao Construction Bank on the date 2015, Oct. 21  100,000,000
 Lao Viet Bank on the date 2015, Feb 14, int
K5,120.000Kip
 50,000,000

4号議案  今年度(2017年)事業計画
活動をDEFCの力量に合うように調整する。奨学金と現地視察活動に絞り、ラオスの人たちが運営する教育NPOとの提携、ラオスからの留学生や協力者を得て現地との直接の交渉や連絡、送金を行うことで仕事の迅速化をはる。
会計や事務の仕事を減らすように整理し、将来の担当者への移行を容易にする。
互いの顔が見える奨学金(年間概算¥120万円)は資金の確保と保全をしながら着実に行って行く。奨学生選考の方法(現在は学力試験と生活状況の数値化で決めている)、手紙の翻訳や記録、送金などの事務仕事を改簡素化する。
他団体の「校舎等建設支援へのお手伝い」活動は、極力当該団体に任せ、資金管理や送金などの手伝いは別会計で行う。DEFCは支援者(団体)の要請に基づき候補地の紹介、及び教育局との連絡や契約への助言、資金送付は、支援者(団体)が直接に現地担当教育局へ送金できるように協力する。ラオスの人たちが運営する教育NPOとの提携が軌道に乗れば、建設支援活動は容易になると期待できる。

5号議案  今年度(2017年)予算計画 

項    目 収  入 支  出
繰越し(定期預金を含まない) 3,596,242
会 費 150,000
一般寄付 150,000
奨学金 700,000 1,200,000
ラオス視察 (支援者等の同行案内経費は別会計都市ここに含まない 400,000
学校建設 (これまでやってきた田団体の建設プロジェクトは別会計としてここには含まない 1,000,000 1,000,000
利子・利息(定期利子を含む) 100,000
国内活動 (国内での翻訳、交通、郵便、送金などの経費 200,000
ラオス活動 (ラオスでの翻訳、交通、郵便、送金などの経費 250,000
予備費(定期預金を含む) 2,646,242
合  計

5,696,242

5,696,242

資料 1  熊本地震会計明細
資料 2  内山-Y プロジェクト
資料 3  奨学生と送金記録
資料 4  3月のラオス視察記録 3通
資料 5  会計集計明細、領収証綴り
資料 6  DEFCの国内銀行口座
資料 7  DEFCの日本国内協力団体一覧
・学生国際協力団体 SIVIO <http://sivio.jp/> 関西、東海、関東に支部、これまでに小学校10校舎を提供、春と夏に現地訪問し村人や生徒と交流。ただ今次の支援地を検討中。
・学生国際協力団体 CHISE <http://chiseraos.web.fc2.com/> 神戸の学生団体、これまでに小学校3校舎を提供、毎春夏に現地を訪れ交流衛生教育等を実施。今春3つ目の小学校校舎の建設開始。
・国際協力団体 夢追人 <http://yumeoibito-smile-laos.jimdo.com/> 関西から関東にかけた若者たちの団体、「100円募金」で8村に小学校校舎やトイレ水道の敷設。今春中等学校小屋住い生徒のための自炊場提供。
・特定非営利活動法人国際学校建設支援協会 ISSC http://ameblo.jp/isasc/entry-12003945587.html ネパール及びラオスで教育支援及び障がい者教育と自立支援、人身売買問題にも取り組んでいる。
・国際ふりかけ協議会 <http://www.ifa-furikake.jp/about/index.html#ab05> ラオス訪問の度にフリカケの提供を受けている。
郵貯銀行ぱるる  総合通帳14380-77642041名義人特定非営利活動法人DEFC
京都銀行  大住支店普通預金 4026496名義人特定非営利活動法人DEFC
三菱東京UFJ銀行  京都支店431口座番号3068524名義人特 定非営利活動法人DEFC理事沢田誠二

ありがとうございます、これからもどうぞよろしく。

DEFC奨学金報告3   2017年4月15日

この度第六次の奨学金受給生が確定いたしました。2017年2月度のラオス視察の際に9校88名の奨学金希望者の中から選考試験を実施し、厳密な採点を行った結果18名の奨学生が確定しました。

今年は一つ新しい取り組みが増えました。身体に障害を持つ生徒を特別奨学瀬瑛として1名加わりました。これは勉学意欲の強い身体障がい学生がハンディキャップを乗り越えるには勉学こそ必要と判断した故です。

ここでDEFCの奨学金の状況を振り返ってみます。

第 次 奨学生数 累積数 2019-4月現在
2012年 第一次奨学金 7 7 完了
2013年 第二次奨学金 15 22 完了
2014年 第三次奨学金 26 48 受給中
2015年 第四次奨学金 15 63 受給中
2016年 第五次奨学金 27 90 受給中
2017年 第六次奨学金 18 108 本年から開始

奨学金受給者数が年毎に変動しておりますが、これはご支援いただく方々によって変わりますが、回を重ねる度に奨学生数が増加傾向にあることは嬉しいことです。

高校を卒業して支援が完了した生徒たちはそれぞれの道を歩んでおりますが、今年(2017年2月)のラオス視察の際にその卒業生3人がDEFCラオス事務所の図書館を訪ねて下さり歓談しました。

3人ともラオス国立大学に進学して環境工学、建築工学、フランス語学科で学んでいるとのことで大変頼もしく感じました。

支援者の方々から頂いた大切な資金が少しずつラオスの力になっていく姿は植物に例えればちょっとだけ芽吹いたところです。これが時間と共にどこまで大きく花開くのかとても楽しみです。

奨学金で高校を卒業しラオス国立大学で学ぶ学生さんたち。

奨学金で高校を卒業しラオス国立大学で学ぶ学生さんたち。

第六次奨学生の皆さん

第六次奨学生の皆さん

2017年2月度ラオス便り第4号(シェンクワン視察記録)

視察記録 シェンクアンはるか   桐原 栄美子

期 間  2017年  3月7 日(火)-3月10日(金)

女子隊 ラオス、空路シェンクアン到着、残留不発弾処理センターに直行しました。所長から、不発弾処理に関する映像とお話を受けました。国内の不発弾処理終了にはまだ100年以上がかかるそうです。翌々日に探索と最終爆破処理作業の現場を訪問することができました。メイン道路のすぐ側で民家や畑の点在する小さな村です。女性隊リーダーから作業の流れについて説明があり、血液型と何かあっても自己責任ですと示す文書に署名、探索と発掘現場を見せてもらい、おしまいに500メートル離れた場所から、掘り出した爆弾の爆破スイチを同行者が押させていただき、3ヶ所同時の爆破でした。爆発音の響きは何度聞いても身の縮む思いがします。

危険を伴う作業には、女性の細かく繊細で慎重な能力が必要とされるので、このチーム12名の隊員のうち女性が8名、うち既婚者が6、妊婦さんが1名おられたのも驚きでした。別れ際の話で、家庭を持って働く苦労話ではどこの国の女性も同じで、たくましいものだと思いました。特に日焼け顔の女性隊員の皆さんは美しく立派です。日本から持参したささやかなお土産を渡し、活躍と再会を願ってお別れしました。

たろうの図書館と出会いのふしぎ 楽しみにしていた場所、ゲオバトウ村、ラオスでも一級の僻村の一つでしょう。濃い霧の中3年ぶりの訪問です。20名位の幼児や低学年の子供たちが目をキラキラさせて待ってくれていました。早速図書館の安井さん((モン族民話研究者)が通訳してくださり、サルカニ合戦のエプロンシャターや、輪つなぎ、手洗い教室をしました。窓から覗いていた高学年の子供たちや、乳飲み子を連れた若いお母さん達で、いつの間にか八畳位の図書館はいっぱいになりました。みんなでワイワイ、2時間遊んで、あちこちから頂いた絵本やノート、歯ブラシ、お菓子のプレゼントを渡し、返礼の歌声を聞いてさよならをしました。

昼食は安井さんの定宿である元村長さん宅、おばあちゃん手作り料理をいただきました。裏庭には数年前に亡くなった御主人の墓があり、軒先にはおばあちゃんの棺桶がおいてありました。ご馳走になり、お礼を言うと、「たくさん食べ、たくさん飲み、寝て行け」と言われ。「また来ます」と返事すると、「早く来ないと私はもう年寄りだから居なくなるよ」と即答され、うるうるの別れでした。二日後に不思議な出会いがあるなんて想像もしないことでした。

その日はシェンクアンに帰って市場見物でした。同行者たちは竹カゴの中に入れられて売られている生きたブタやトリを見に行きましたが、私は苦手なので一人ぶらぶらしていました。あまりにも暑いので、米屋の店先の40才ほどに見えるの優しそうな二人の側に座らせもらい、待つことにしました。私が日本人とわかり身振り手振りで会話し、デジカメの写真を見せると、たろうの図書

館や安井さんやゲオバトー村の写真を指さし興奮気味! 直ぐに通訳のミーさんを呼んで話を聞くと、米屋のおばさんは2日前に世話になったゲオバトー村のお婆さんの孫娘で、安井さんの日本名はわからないけどモン族名のパヌンであると言いました。

村に里帰りをした時には子供たちをたろうの図書館で遊ばせたこと、さらに彼女は、「パヌンの知り合いの皆さんはわたしのお客さんだから、歓迎したいのだが今はなにもできないので」 と店先の売り物のお菓子〝あげお焦げ〟を全員にプレゼントしてくれました♪

かのおばあちゃんにしてこの孫娘、モン族の人たちの温かい豊かな心をいただきました。きっと、この素敵な出会いは、たろうの図書館の太朗さんからのサプライズだと、夢見る乙女!である私は信じました。

不発弾授業の参観 田舎の小学校を2つ訪問、不発弾教育の授業を参観しました。ここは今でもが森や林、畑や水田はもちろん、宅地や校庭でも時には危険なクラスター爆弾が見つかるところです。何も知らない子供たちが見つけ、おもちゃにして遊んでいるときに爆発して死傷することが依然起こっています。事故を防ぐため小学校一年生から爆弾についての授業をやっているのです。授業は爆弾の絵と果物やおもちゃの絵を見せて、爆弾はこういうものですと教えています。子どもたちは真剣に先生の質問に答えていました。

参観お礼のあいさつで、同行の一人は、あたま、眼、手と足を日本語とラオス語で黒板に書かせたあと、身振り手振りを入れた即興の歌で「爆弾に気をつけようね、爆弾であたま、眼、手や足をなくさないようにしようね…」と歌いました。もう一人は別れ際に先生たちに「こんな小さい子たちへ爆弾の教育をしないことはつらいですね」と伝えました。ほかに不発弾被害者支援センター、被爆仏像の寺を訪問しました。

この夏、わが家の小さな庭ですが、ひまわりを咲かせたいと思います。お世話になった安井さんが長老からもらったモン族名「パヌン」は〝ひまわり〟だそうです。

以上

不発弾処理現場で

不発弾処理現場で

太郎の図書館で

太郎の図書館で

 

 

 

 

 

 

爆弾で建物が破壊されても仏像が残っているワット・ピアワットで

爆弾で建物が破壊されても仏像が残っているワット・ピアワットで

2017年2月度ラオス便り第3号(ルアンパバン報告)

2017年2月度ルアンパバン組視察報告

1.概要

3月2日(木)~6日(月)全行程5日間でルアンパバンからメコン川の支流のウー川沿いに点在する学校を中心に訪問視察を行った。過去にDEFCが建設した村学校、および奨学金の支援を行っている中等学校である。訪問先では小学校低学年では生徒達との交流が中心で、同行した手しごと屋とつぼみの会の皆様が色々なツールを駆使して交流を図った。中等学校では現在奨学金を支援している学生及び先生方との面談が中心であった。また新たな奨学生選定のための仕事を行った。事前に各学校ごとに試験問題を送って、試験を実施して貰い、解答を受け取った。

学校視察の空いた時間に草木染や藍染の村と工房を訪問し作業を見学するとともに村人が織ったマフラーなどをお土産に購入した。

今回は合計9校を訪問し当初の計画はほぼ予定通りの成果を上げることができた。

総勢28名の視察団の皆様

総勢28名の視察団の皆様

 

校庭で楽器演奏

校庭で楽器演奏

 

 

 

 

 

2.参加者  DEFCスタッフ(通訳含む)、手しごと屋豊橋の皆様、つぼみ会の皆様、それに3月5日から合流したポンサリ組の3名、合計28名。

3.行 程

 3月2日(木) 手しごと屋豊橋15名が首都ビエンチャンに到着、ホテルにチェックイン後市内観光。
 3月3日(金) 午前の便でルアンパバンに移動、ルアンパバンでつぼみの会の皆様6名と合流、午後はタラート(市場)、夜はナイトマーケットを観光と買い物。
 3月4日(土) パクゥー中等学校、ナンバーク中等学校を訪問、帰宅しないで残っていた女子寮の学生たちと面談、領内視察、集まってきた子供たちと遊び、奨学生と面談、奨学金試験解答回収。
 3月5日(日) ナーヤン中等学校、パクモン中等学校、ナムトゥアム中等学校を訪問、奨学生面談、日曜であるが残っていた学生たちと面談、生徒小屋を視察、生徒達と交流。奨学金試験解答回収、ポーンケオ小学校訪問、文房具他をプレゼント、ナーヤン村で藍染草木染工房の見学。
 3月6日(月) ポーンチャル村小学校、ラートコック村小学校を訪問、小学生達と交流、夕刻ルアンパバンで現地解散。

4. 奨学生との面談

各学校で現奨学生と面談を行った。全体的に非常に勤勉なでおとなしい学生が多い。

卒業後は上級学校に進学を希望するが、そのための具体的な勉強なり計画を持っている学生は少ない。自身のことを積極的に発言する学生は少ないが、中には英語で発言しても良いかという学生が居てレベルのバラツキを感じた。

また、中には教師を慕って異動した教師が教える学校に転校したという学生も複数いたのには驚きであった。さらに教師が他校に異動してしまったため、感極まって面談中に涙した学生が居た。この純粋な気持ちに感銘を受けた。以下学生達との面談記録の要点を記す。

・母、叔母二人、本人の四人家族。父が亡くなったため将来医者になりたい。
・モン族で家が遠いため叔父の家で住んでいる。3週間に一度位帰省。実家では焼き畑の手伝いをしている。
・指輪を3つも嵌めている生徒は祖父母と住んでいる。父がビエンチャンに出稼ぎをしている。将来は医者になって祖父母を助けたい。
・奨学金は学校以外の勉強に使っている。卒業後はラオス国立大学で建築の勉強をしたい。
・現在高校4年生。数学、化学、英語が得意。卒業後国費留学で海外で勉強したい。英語の先生が移動して居なくなり悲しい。
・他の高校から転校した。理由は本人は数学が得意で数学の先生が有名なため。
奨学生との面談風景

奨学生との面談風景

奨学生との面談風景

奨学生との面談風景

5. 小学生との交流

手しごと屋とつぼみの会の皆様は、ラオスの子供達に日本の遊びを紹介しようとラオスに出発前に色々なアイディアを出し合って準備をしてきていた。手しごと屋のグループは小学生から大学生それにシニアの方まで正に老若男女が勢ぞろいしており、夫々の経験や創造の知恵を絞って色々な道具を準備して参加して頂いた。圧巻だったのは”あやとり”であった。行たのは小学5年生の参加者である。このために同行の祖母が50本のあやとりを準備しラオスの子供たちに配って遊び方を教えた。子供たち同士であたかも友達のように教えあって楽しく遊んだ。

ハーモニカや樹音、ピアニカなどを使った日本の音楽紹介も良かった。以下交流ツールなどを記す。

・詩吟
・ハーモニカ、樹音、ピアニカ
・折り紙遊び、折り紙の鎖で部屋のお飾り
・あやとり
・唄と踊り
・生徒のお絵かきと身長測定
・ゲームなど
あやとり遊び

あやとり遊び

折り紙の輪で教室を飾った

折り紙の輪で教室を飾った

 

 

 

 

 

 

6. ナーヤン村での藍染見学

藍染工房

藍染工房

7. 反 省 等

ルアンパバンの視察では多くの交流と新しい経験、学びがあった。反省も含めて以下列記する。

・大人数(今回は25名)の同行案内方法の改善。
・奨学生との面談について適切な質問を行うよう改善。
・大勢の子供たちにノウハウを教える場合の指導方法を勉強。
・教師を慕う純真な心を持つ学生達の存在を学ぶ。

8. 参加者の感想など

ラオスの風は温かい 手しごと屋豊橋 参加者

ラオスに足を入れるのは、全員初めてでした。ヴィエンチャンは想像より都会的できれいな町でした。町中世界遺産のルアンパバーン。ナイトマーケットがとても安く楽しかったです。朝の托鉢風景も独特でこれも良し。

いろいろな学校への訪問はそれぞれに衝撃的でした。過去に文字のない生活を強いられてきたラオスの歴史、生活継承の不確かさとスロータイムにびっくりです。世界の大国によっていじめられ犠牲になった(日本も含む)民族。それでも命は受け継がれてきました。植民地化されたらもっと色濃くヨーロッパの文化や知的遺産が残るはずなのにこの国にはあまり感じられない。どういうことなのかと不思議でなりません。しかし、自然と人間の豊さに心あたたまりました。どんな風が吹いて来ようとラオの風は暖かい。

行きたかったタイ・ラオス、世界を見てきなさいと母に背中を押され(抜粋)

手しごと屋豊橋最年少参加者

「狭い世界を見ているのではなくもっと広い世界を見てきて欲しい」という母はそんなことを考えていたことを知って嬉しかった。学校の教室は木などでできていて、とても狭く1つの机に4人くらいぎゅうぎゅうに座っていて教科書は1人に一冊無くて、そんな学校ばかりだったのでびっくりしました。そうしてみると、私たちなんか、とてもいいところで生まれて、とても裕福でお金持ちなんだなと思いました。

ラオスに感動、今の境遇に感謝 つぼみ会参加者

メディアだけから知っているラオスの貧しい暮らし。DEFCに参加することで 教育が受けれない子供がいる環境や状況を知りたいと思い参加しました。

女子寮を見学した時には愕然としました。薄暗い大きな部屋が2段になっていて 粗末な布団のスペースだけが自分の場所。そこに30人の生徒が住んでいる。キッチンとは呼べない場所で地面での調理。日本では考えられない環境に泣きそうになりました。でも彼女たちは美しい笑顔で私たちが持っていったノートや小物を喜んでくれた。

日本の子供にあげても何も喜ばないようなものでも嬉しそうに手を合わせて喜んでくれる裸足でボロボロの服の子供を見たら抱きしめたくなる愛おしい気持ちだけでした。色んな学校を巡りましたが、言葉は気持ちを超えるという熱い体感もできました。ラオスでは自分自身では自分自身で生きていく知恵、強く生きる術、感謝の心、大事にすること…etcを学びました。以前「日本人は生活をお金で買っている。自分自身で生活できない」というのを聞いたことがありますが、その意味がなんとなく分かりました。衣・食・住。どれをとってもお金で買うのが当たり前になっている気がします。

日本とは生活も環境も大きく違いますが、今回ラオスに行ったことでそれぞれの良さを知ることが出来ました。また日本でとても幸せな環境にいることを実感しました。最後になりましたが、DEFCの活動が 恵まれない子供たちの将来を大きく、明るくしていることも目の当たりにしました。学校をつくったり、奨学金を募り大学に行けるように援助したり…。

DEFCからラオス大学に行けるようになった学生の夢も将来のラオスに貢献する素晴らしい夢でした。この経験は私の今後の人生に必ず活きると確信しています。本当に素晴らしい経験を有難うございました。

以上

ラオス人奨学生からのビデオメッセージです。

日ごろよりたくさんのご支持、ご支援を戴き誠にありがとうございます。

2017年2月度のラオス視察の際にフォンサリ県サンパンサイ高校へ奨学生の訪問に行きました。サンパンサイは私たちの支援している学校の中でも一番過酷な車道を行かなければなりません。即ち、学生や村人たちはインフラや物資の面で大変な生活をしている場所です。

そのサンパンサイ高校の学生達と面談し、ビデオレターを作成しました。90名を超えるDEFCの奨学生の中にあってほんの一部ではありますが、皆様に楽しんで頂けたらと思います。登場してくれる学生は以下の通りです。名前の部分をクリックして下さい。

奨学生指名
ノイワンナリーさん
ヴォンカムさん
ヴィラーコン君
ポンサリーさん
ソムヴォンさん
ドゥアンマニーさん
パオさん
ダーカムさん
カムラー君

 

インタビューの背景に見える竹小屋は全て学生寮です。300人の学生が暮らしています。校舎はその他団体の支援があり立派な建物があるのですがトイレは長い間故障中で女子学生も含め外の林の中で用を足さなければなりません。屋内シャワーはもちろん無く、歩いて数分のところに川から水を取水しているところがあり、そこで男女揃って水浴びをしていました。男女一緒ということで戸惑いがあるように思いましたが男女関係なく仲いいもの同士、誘いながら一緒に歩いているところを見ました。インタビューでも彼らの生活の一部しか伝わりませんがご覧頂ければ嬉しく思います。

今後共ご支援のほど、どうかよろしくお願いいたします。

「爆弾でなく学校を、地雷でなく教科書を」

特定非営利活動法人DEFC代表 松本卓郎

上記メッセージのDVDが欲しい方は以下のメール宛てにその旨連絡ください。上記9名分を収録したビデオメッセージDVDを事務経費500円でお届けいたします。

 

 

 

 

2017年2月度ラオス便り第2号(3月3日)

愈々本日から北部に移動して本格的な奨学生との面談や試験、学校訪問などが始まります。その手始めに手しごと屋の皆様に私共DEFCのラオス代表のサイサモンさんが経営する小学校の視察を行いました。小学生から中学生まで授業中のクラスにお邪魔してプレゼントの鉛筆を渡し、また飛び入り授業ということでハーモニカの演奏や詩吟の披露などを行い子供たちに日本文化の一部を紹介しました。子供たちの輝いた目がとても印象的でした。

この後飛行機で古都ルアンプラバンに移動し明日からの地方訪問のための準備及び市内観光をしました。15名の団体でとても目立ちます。ガイドが付き添わない無許可の観光ということでポリスが目を光らせて居ることもあり、市内で最大の市場でショッピングを楽しみました。当地のタクシーともいうべきトゥクトゥクに乗りたいという希望者にトゥクトゥクで移動もしました。また夕食後ルアンプラバンのナイトマーケットでたくさんの買い物もされておりました。

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教室で生徒たちにプレゼントの鉛筆を配りました。

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生徒たちと一緒に撮りました

 

 

 

 

 

 

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中学校のクラスでハーモニカの演奏で早春賦を聴いてもらいました。

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中学生の教室では漢字の授業中でした。

 

 

 

 

 

 

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詩吟を披露しました。