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DEFCラオス視察報告および所見 (2018.3.31)

報告者  沢田誠二 (DEFC事務・会計担当理事)

期 間   2018年2月27日(火)- 3月23日 (24日間)

主な視察先と仕事、参加人数など
・カムアン県カムクート村カムクート中等学校及びナパワーン村、関ライオンズプロジェクト、参加9名
・ルアンプラバン県の支援村小学校訪問および中等学校生徒寮視察、参加12名(ルアンパバン市街で出遭った日本からの旅行者2を含む)
・ルアンプラバン県フォンケオ村小学校新校舎譲渡式、服部プロジェクト、参加22名、打ち合わせ不足で式次第で少し混乱、生徒たちと学校へたくさんのプレゼント、全体としては成功裏に終了。
・7次奨学金試験実施、採点と適格者判定と通知は未了
・サイサモン学校での授業観察と指導、教え方の改善(教材不足)
・DEFCラオス会計の監査と整理(明確になった)

会計概要
・これまで通りDEFCが立替え支払いし、参加者ごとの個別会計記録を作り、後で清算してもらうやり方で実施(現地でいちいち割り勘などできないから)。
・服部プロジェクト実施事務費を受けているので、共通経費の一定額をこれから支出した。
・DEFCスタッフとして2名分をDEFC負担した(この負担の大部分は、服部プロジェクト実施事務費から支出)。
・参加者それぞれの個別会計を作っています(現在精査中)。
・参加者の求めにより、当該部分を個別にお知らせします。

所見と今後の仕事と展望
・7次奨学金試験は中等学校からの答案待ち(バス便なので時間がかかる)。採点と集計はサイサモンとサイサモン学校の教員に任せている。集計で成績が出次第、学校を通じ学生へ通知する予定。学生に結果が届き、銀行口座開設や写真と手紙が返って来るには、数か月かると思われる。通信を何とかしたいものだが、指示事項の理解を含め課題が多い。
・関ライオンズプロジェクトは順調に進んでいる。送金計画と、竣工・譲渡式日程を決める段階に来ている。

日  誌 (写真の一部は別の報告書でも使用)
2月27日(火) (担当者2名予定通り無事到着) 沢田: 10:30関空、18:00ヴィエンチャン着、藤澤: 20:50着、DEFCラオス人担当者サイサモン夫妻が出迎え、DEFC図書館(以下図書館)泊

2月28日(水) (滞在中の準備仕事) 奨学金試験問題校正、支援者提供フォーンケオ村新校舎記念標発注、図書館泊、気温27-32ほど、

3月1日(木)  (滞在中の準備仕事) 試験問題最終校正、13:00サイサモン学校授業視察、図書館泊

(写真はいずれもサイサモン学校(DEFCが一部支援、図書館に隣接、幼稚園・小学校と中学校課程、生徒数300)の様子)

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3月2日(金) (奨学金試験実施作業) 試験問題と生活調査票原本印刷、高校へ発送準備、午後、通訳ミン(東京外国語大学の国費留学生)さんが来て翻訳作業などへ参加、図書館泊

3月3日(土) (奨学金試験問題送付作業と今回の視察旅行参加者1名出迎え) 試験問題と生活調査票のフォトコピー印刷、高校別に仕分け、奨学金報告と共に封筒に入れ発送準備、夕方参加会員を空港迎え、予約宿へ送り、図書館泊

3月4日(日) (奨学金試験送付作業と今回の視察旅行参加者つぼみ会4名出迎え)当該教育局と高校宛試験実施依頼文書つくり、バス便宛先などコピー、サイサモン点検と文書へ署名、DEFCの公印捺印、フォンサリ教育局とウドムサイ教育局宛、バス便発送所で発送、夕方つぼみ会員2名を空港迎え、2時間後他の2名迎え、会員ホテル送り、図書館泊

3月5日(月) (二か所校舎等建設支援予定地視察、日程の都合により日帰り)
カムアン県カムクート中等学校学生寮建設支援(関ライオンズプロジェクト)準備状況視察、7:00出発ミニバス、同行者9名、13:20、到着、2組に分かれ、私とサイサモンは校長から状況を聞き建設予定現場視察、今後の打ち合わせ、他の人たちはミン通訳で生徒たちとの面談、学生下宿訪問、14:30ナパワーン小学校視察、村人との協働の意義、計画進行状況、資金支払い時期と方法、竣工譲渡式の時期、木材などの調達と準備状況を聞き取り、16:00帰途、帰着20:30、図書館泊

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(写真上左から、道中の風景、カムクート中等学校校舎一部、生徒たち、校長面談、教員宿舎、有料生徒アパート、ナパワーン村小学校校舎、同生徒たちとの記念写真)

3月6日(火) (ルアンパバン視察準備) 会員空港送り、服部プロジェクト提供教科書へのステッカー貼り、ルアンパバン行き準備それぞれ仕事、図書館泊

3月7日(水)(サイサモン学校でつぼみ会4名交流) 会計点検、日々の支出と謝金会計はとても煩雑、つぼみ:午前中サイサモン学校で生徒たちと交流、歌、手品、折り紙コマ作り、ミン通訳、午後:つぼみ、織物センター訪問と買い物、市内のホテルへ移動、夕食、メコン川岸のレストラン、図書館泊

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(写真、いずれもサイサモン学校でつぼみ会4名交流の様子)

3月8日(木)(ルアンパバンへの移動と提供品準備) ルアンパバンへ移動、10:30図書館出発、13:40ルアンパバン着、強い吹きおろしつむじ風、支援者合流、5:00明日からの田舎訪問のための提供物品購入、雨少し雷、夕食:国際通りのレストラン、ラオス料理とピザ、夜店を見て帰る、ルアンパバン泊

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(写真左、市場で買い物、生徒寮への提供品、給食用たまごなど、写真右:世界遺産都市国際通りの風景)

3月9日(金) (世界遺産都市ルアンパバン市外から北へ田舎の支援地視察)
8:30田舎へ出発、昨日の夜出逢った学生カップル同行、9:20パクウー教育局、奨学金試験実施依頼、パクウー高校訪問、桐原寮の女子生徒たちが待っていてくれて交流とプレゼント、寮生活に必要なタオルや歯ブラシ、フリカケ、ラーメン、自炊用薪コンロ、食器棚など提供、ミンさんが通訳、寮生たちの意見や様子を聞く、10:30、ナムガー高校、郡教育局長ブンタン先生と合流、試験問題を渡して、11:30ラーコック村小学校訪問、1-2年生の分校、20名ほどと先生が待っていて交流会、歌と踊り、紙クサリ作り、生徒一人当たり自分の背丈の長さまで作らせ、それぞれをつないで黒板や壁に飾る、サイサモンと村のお母ささんたちは給食つくり、12:30手洗い教室後イタダキマース、初めは戸惑っていた生徒たち、嬉しそうに食べてほぼ全員が完食、プレセントのノートと鉛筆を配り、13;20記念写真をしてバイバイ、道中の奨学金高校、ナムツアム高校続いてナムバーク高校へ立ち寄り試験問題配布、金曜日の午後ですでに学校は閉まっていて生徒も先生もいない、16:00ナヤーン高校、ナヤーン村で草木染の木綿製品の買い物、この村ルー族の伝統建築保存に携わっているNPOに遭遇、どこかの大学の先生と学生と支援者たち数人、ここに寝泊まりして竹屋根の張替えをやっている、18:30ンゴイ着、ハイシーズンで西欧の人たちでにぎわっている、ンゴイ泊

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(写真左から、パクウー中等学校生徒寮(女子寮)の生徒たち、提供品、自炊場コンロ)

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(写真左から、ラーコック村小学校校舎(DEFC支援者グループ建設)、小学校生徒たちを紙クサリ作り)

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(写真左から、給食卵焼きつくり、一緒にイタダキース、緊張気味)

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(写真左から、校舎、ナヤーンの伝統家屋、この村は伝統的な織物と草木染で名が知れれている、織物買い物、ンゴイ村の景観)

3月10日(土) (田舎の支援地からルアンパバンへ移動、道中の支援地訪問視察)

9:00出発、11:00フォンチャラン小学校、つぼみの皆さんの支援で作った校舎、子どもたちが待っていてくれる、先生二名、本校から一人来てくれている、さっそく歌とお遊び、プレセント提供、ミンが上手の通訳、サイサモンは村のお母さんたちと給食準備、卵焼きつくり、電気のコンセントが三又で合わなくて、村人がつなぎ部品を探して持ってきてくれる、参加者が持ってきたてくれた鉛筆や菓子それぞれ配布、給食:蒸米とふりかけとサイサモン卵焼き、机を取り払って床にゴザを敷きそのうえで食べる、生徒たち嬉しそう、上級生や入学前の子どもたちとお母さんたちは窓から見ているだけ、少しかわいそう、食後記念写真して13:30バイバイ、帰途メコン川沿いで一服トイレ休憩、16:00ホテル着、若者カップルとバイバイ、皆さんを下ろしてすぐに空港、藤澤と私とサイサモン、服部プロジェクトの一行出迎え、皆さん少し緊張とお疲れ様子気味、初めての海外旅行の人が半数以上、予約宿チェックイン後18:00バスでサイサモンが予約しておいてくれて古くからのラオス料理の店、藤澤さんの司会で自己紹介しながら会食お楽しみ、皆さんよく食べている、これで明日は安心、20:30夜店見物、ルアンパバン泊

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(写真左から、フォンチャラン村小学校(つぼみ会建設う支援)、卵焼きふりかけ給食、記念写真)

3月11日(日) (新校舎譲渡式、愛知県の服部夫妻支援により竣工)  服部プロジェクト新校舎譲渡式 8:30出発、みなさん元気そう、たくさんのプレゼント荷物、ミニバス2台と乗用車1台、乗用車は会員の一人が早く帰るため、道中少し雨、11:00フォンケオ小学校到着、新校舎は附属提供の滑り台、ブランコ、鉄棒と共にきちんとできている、村人と生徒たちはテント設営して待っている、すぐに荷下ろし、全員挨拶して仕事分担、新設校舎の職員室でプレゼントの仕分けと譲渡式、ブンタン先生の司会、服部夫妻と村長が雛段、ミンは服部様に付き添い通訳、1-2年生分校生徒全員と村人、服部グループの何人かが参列、ブンタン先生の挨拶と経過報告、服部様の挨拶、「トヨタ自動車の創始者の豊田佐吉の話、佐吉はお母さんを楽にさせたいと思い機織り機の改良をしたんだよ、皆さんもお母さんを大切にしたいと思うでしょう、そのためには元気で賢い子、しっかり勉強してお母さんを喜ばせる人になってください」、記念標識標の紹介、プレゼント紹介と提供、生徒たち全員と村人一家族当たり全戸、ふりかけや菓子など、学校へのプレゼント、教科書、文房具、サッカーボールなど、コンクリ製の滑り台はなかなか上手にできている、一通り終わってバーシー儀式後会食、心尽くしのものを出してくれる、蒸米、テラピアのから揚げ、ラタンの芯の茹でたサラダ、など、この辺りはさらに奥の山岳部より豊かである、子どもたちとの歌と踊り、皆さんで楽しく交流、14:30お別れ、帰途トイレ休憩して17:30ルアンパバン宿に帰着、17:50バスで国際通りのピザや夕食、皆さんお疲れのようだが満足のご様子、ミンが良くやってくれた、夜店見物しながら宿へ帰る、ルアンパバン泊

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(写真左から、建設中のフォンケオ村小学校校舎、提供者服部夫妻と譲渡式参加の一行)

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(写真左から、記念標、譲渡式服部様の挨拶)

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(写真左から、プレゼント提供、ノート、鉛筆、縄跳び、菓子など、完成した滑り台)

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(写真左から、バーシー儀式、協働した村人たち)

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(写真左から、生徒たちの返礼ダンスと歌)

3月12日(月) (服部グループと別れ、NPO訪問、ヴィエンチャンへ移動
5時ころ雨音、皆さん朝市と托鉢見物、9:00宿支払い、服部グループ、藤澤、参加者、ミンは滝と市内見物後夕方便でBKK経由帰国、つぼみ、サイサモンと私は王宮博物館を見物、NPO-ネズミ兄さん訪問、自主出版の絵本をプレセント用に購入、12:00空港チェックイン、14:00ヴィエンチャン帰着、気温32度、20:10つぼみ2名帰国を空港送り、藤澤、門田、ミン、20;35ルアンパバンから帰着、図書館泊

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(写真、NPO-ネズミの兄さん事務所、朝日新聞の顕彰と京田辺市カード提供)

3月13日(火) (記録と会計点検と整理、サイサモン学校行事、帰国者送り)
記録整理、藤澤さんがやってくれている個別会計点検、9:30つぼみ2名はサイサモン学校1年生で交流授業、歌やマジックをしており画もコマ提供、ミン通訳、午後サイサモン、ミン参加者と共に市内見物、17:00帰国皆さんを空港送り、図書館泊

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(写真左、つぼみ提供の指人形をサイサモン学校の先生が演出、生徒たち大喜び、写真右、サイサモン学校校長へ京田辺カードとふりかけ提供)

3月14日(水) (記録と会計点検と整理、サイサモン学校行事、帰国者送り)
9:30ミンに来てもらい飛行機乗り遅れの参加者対応、新しく航空券購入、サイサモン、藤澤、沢田は空港近くの市場内の銀行で奨学金振り込み作業、40名分、混んでいて順番がなかなか回ってきそうにない、藤澤さん市内へ移動、16:00突然の強風の後豪雨、雷なし、丁度生徒たちは帰る時間、雨宿りの様子の写真撮影、19:00参加者空港送り、出国手続きの所まで送る、図書館泊

3月15日(木)  (記録と会計点検と整理、奨学金試験解答採点と記録)  5:00会計点検と記録整理、10:00ミンに手伝ってもらってサイサモン学校の授業観察、11:45、旧知友人と昼食会、藤澤、ミン、サイサモンとも、中国のプランテーション、バナナやスイカ野菜ゴム園などの農薬問題、薬物中毒と強制収容とリハビリ問題などの話を聞く、ナヤーン高校からの奨学金試験解答受取り、図書館に帰ってミンさんと採点、私の滞在中に解答バス便は届きそうにない、7次奨学生決定が遅れることになる、図書館泊

3月16日(金) (記録と会計点検と整理、奨学金送金仕事)
夜半雨、かなり降った様子の水たまり、5:00、会計集計、一年前のSIVIO資金送金記録会計簿に記入、サイサモン会計の点検整理、9:00、サイサモンとミンに手伝ってもらって奨学金の銀行送金と預金、ラオす国立大学の中の銀行、送金リストと依頼状を出せば奨学生ごとに振り込み用紙を書かなくてもよいということで、急遽近くのパソコン屋で文書つくり、DEFC金の預金K24,000,000Kipと$300、ラオ大の学生食堂見物、1000人ほどは入れそうな広さ、新しい清潔感、数人の学生にインタヴュー、物理を専攻の一年生、勉強が難しく高校のほうが楽しかったとのこと、10:30図書館で奨学生試験問題印刷、サイサモン学校で実力試験としてやらせる。英語、数学、国語作文、中学生3,4年生、国語作文は小学校4,5と中学校全員にやらせる、生徒たち配布されて答えをすることがほとんど初めてであろう、結構喜んでいる、サイサモン現金会計の整理、ラオス会計は明確になった、ウドムサイの奨学生たちが手紙と写真スマホで到着、不鮮明で読めそうにない、図書館泊

3月17日(土) (記録と会計点検と整理)
6:00、日誌、記録整理、会計集計、煩雑な会計もやっと先が見えてきた、藤澤さん帰国、図書館泊

3月18日(日) (記録と会計点検と整理)
5:30、会計整理、服部会計へ記入、細部の詰め、昼食:サイサモン夫妻が娘のナパラを連れてきて会食、夕食:17:40、ミンの家でバーシーへ呼ばれる、サイサモンとも、親せきや友人が来ていて屋外パ₋-ティ、帰図書泊

3月19日(月) (記録と会計点検と整理、資金移動・預金仕事)
5:30、あれこれまとめ仕事、報告書や記録、会計整理、午後サイサモンが町の換金屋(公認)換金30万円、サイサモン会計補填、ナムバーク高校からの解答受取り、今後サイサモン学校の先生たちに採点と集計、決定と通知を依頼、奨学金試験結果集計と高校別逐次報告の説明、今回はどうやら5月の学年末までに学生に通知が届きそうにないと心配、図書館泊

3月20日(火)  (記録と会計点検と整理、サイサモン学校で歯磨き教室、手作りノート作り、絵本読み聞かせ教室指導)
9:00隣の看板屋で服部プレートの原版データ受領、ついでに両国の国旗を入れてもらう、つぼみが置いて行った文房具や遊び道具、おもちゃを整理してサイサモン学校へプレゼントとして渡す、撮影してきた写真の整理、午後サイサモン学校で幼稚園と小学校1年生へ歯磨き教室、先生に任して行う、一年生は歯磨きはほとんどの子がやっていない様子、幼稚園に至っては歯ブラシそのものを見るのは初めての子どもが多数、恐る恐るやっている、口を開けさせて歯を見るとほとんどの子が虫歯、下大臼歯が両方とも黒くなっている、5人に一人くらいが虫歯なし、幼稚園小1とも、10年前には虫歯の子はほとんどいなかった、甘いものや菓子が増えた結果と思える、図書館泊

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(写真左から、サイサモン学校での歯磨き教室、幼稚園児や一年生は虫歯多い、歯磨きを全くやっていない子供もいる様子)

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(写真、サイサモン学校作りノート教室、表紙に好みの絵柄を張り付ける)

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(写真、サイサモン学校絵本読み聞かせ、生徒たち大喜び、写真右、幼稚園塗り絵教室)

3月21日(水)  (記録と会計点検と整理、サイサモン学校で絵本読み聞かせ教室)
9:00、授業観察、先生による絵本読み聞かせ、幼稚園:全くダメ、子どもたちが全く寄ってこない、午後子どもたちに色鉛筆で塗り絵や絵をかかせる、かなりの子が喜んでやっていた、先生に子どもたちの作品を壁に貼らせる、一年生クラス絵本読み聞かせ、カニや魚が出てくるお話、初めから子どもたち大喜びでお話に集中、先生は後ろの子にも絵が見えるように教室内を歩き回って話を続ける、小5クラス、私たちの世界の38章、内戦・革命戦争の部分をとうとうと喋りまくっていた、生徒への発問は一切なし、子どもに発問し応えさせたり考えさせることはほとんどなく、生徒はただノートをとるだけ、このやり方を変えなければならない、図書館泊

 

3月22日(木)  (サイサモン学校で絵本読み聞かせ教室、歯磨き教室、教員指導)
5:50、部屋整理、ベッドカバーなど洗濯、6:00外掃除、10:00小3教室で歯磨き教室、残っていたバブラシすべて提供、昼飯後のお昼寝時間、サイサモン学校先生6人との面談、サイサモンが通訳、授業の基本的は構成について解説、一人だけメモを取っていた、教員研修や教材作りについて次回はやってみたいものと考える、ラオス出発20:10

 

3月23日(金) 帰国関空6:40、8:50帰宅

 

以上

 

 

 

DEFC 便り 28

 DEFC便り 28(2017年12月)を発行しました。(容量607kb)以下のurlをクリックして下さい。

_DEFC28_20171211発行版

主な内容は以下の通りです。

〇 秋のラオス視察 松本代表報告
〇 国内活動
〇 今年(2017年)春のラオス視察報告 支援者現地案内
〇 奨 学 金 (田舎で貧しくて大変だけど頑張っている高校生への支援金)
〇 2016-2017年度通常総会報告
〇 DEFC 収入報告 ご支援、ありがとうございます。
〇 ご案内 DEFC銀行口座     ご支援は以下の口座へお願いします。
〇 DEFCの協力団体紹介

 

付きまとう薬物

DEFC事務局 沢田誠二

アヘンは有史以前の遺跡でも痕跡が見つかっているとのことです。祭りや祈りまたは治療に使われたのでしょうか。人類が最も古くから付き合ってきた薬物の一つと思えます。近世になって西欧で一時市井にもてはやされたこともありましたが、その強い中毒性のため今では世界中で禁止薬物です。

禁止に至る近代史で、ケシ栽培とアヘン生産は戦争におぞましく付きまとっています。植民地全盛時代の大英帝国が中国(当時清朝)に対して行ったアヘン戦争はその典型です。インドで作ったアヘンを中国へ持ち込み大儲けしました。国を疲弊荒廃させるとして抵抗した清国に戦争を仕掛け屈服させたのです。軍国時代の日本の関東軍の隠された資金源でもありました。当時の満州(今の中国東北部)で作ったアヘンを中国(当時中華民国)へ密輸販売し巨額の利益を得ました。中国はますます疲弊しましたが一方では、これではいかんという人たちが立ち上がりました。

戦乱と疲弊貧困の連鎖はアヘンを伴って今も続いています。昨今の世界のニュースはアフガニスタンとその周辺でケシ栽培が復活していると伝えています。過去数十年来アフガニスタンは戦乱と貧困の中にあります。貧しい辺境では以前からケシ栽培が盛んでした。二昔前にターリバンが政権を取って禁止し栽培は減少しました。しかし、その後追い出される立場になったターリバンは資金源とするために栽培と生産をやっているのです。この連鎖を止める方法はあるのでしょうか。

ラオス、タイ、ミャンマーが隣り合う地域はもう一つの大きな栽培地でした。べトナム戦争を知る村人は「当時このあたりはケシでいっぱいだった」と言っていました。いずれの勢力がこれから資金を得ていたのかの詮索はともかく、今世紀初めラオス政府は日本を含む国際支援で中毒者の治療もあわせてケシ栽培撲滅に乗り出し、数年後に一掃したと宣言しました。タイはもっと早く、周辺の国々も同様な施策を行いました。

しかしながら他の禁止薬物で依然東南アジアは危険なところです。旅行者や戦乱に直接には関係のない人たちがこの種の薬物に誘われるのです。これを防ぐためどの国でも厳しく規制し、理由は何であれ所持するだけで死刑、良くて終身刑です。興味があるからと近づかないこと、決して見も知らぬ人から物を預からないことです。

撲滅宣言をしたこの地域で、ケシ栽培がひそか進んでいないか心配です。

以上

 

50‐100円の引き出し

2017年6月1日  DEFC事務局 沢田誠二

久し振りにラオスの話題、二年以上前にここで紹介したひげチョビたちがやっている奨学金です。延べ人数は110名を越えました。この内30名が終了、大学や専門学校へ進んでいる学生もかなりいます。何人かは知らせてくれました。田舎の高校生へ3年間、半年ごと¥6,000円のちいさな提供ですが結果が出てきています。問題も少し。

十年前と比べラオスは大きく変わりました。教育もその一つです。田舎や山岳僻村でも子どもたちは学校へ行くようになり、半数以上が中学校へ進んでいます。教科書は不十分ですが行き渡ってきています。先生の教え方も変わり低い目線で教えるようになりました。でも、高校へ進む学生はまだ少なく、ところに依りますが半数程度です。この年齢になると家事や農業の大切な働き手です。大部分は単純作業ですが出稼ぎで収入も得られます。進学しても結婚でやめてしまう例も少なくありません。高校がまだ未だ少ないことも理由でしょう。

学校が遠くにあるため毎日の通学が出来ないので、遠隔地の学生は学校の近くに居留します。親戚や知人を頼って下宿したり、二段ベッドの学生寮、竹や草葺の小屋に住んでいます。寮や小屋住まいでは自炊が当たり前で、カップラーメンはごちそうです。週末や休日は農業の手伝いや家畜の世話のために実家に帰ります。中には学期中に1、2度しか帰らない学生もいます。遠いし帰る金もないからです。片親や両親とも死別した学生、7-8人の兄弟姉妹の中で本人だけ高校へ来ている場合も少なくありません。奨学金はこのような状態で頑張っている学生を選んでいます。

送金は銀行振り込み、直接に本人の口座へ届けます。事情があって学生たちの通帳を調べました。首都から送っているのですが、その日に届かないで数日後から一週間ほどして届く場合があることが分かりました。最近の例では3か月たって届きました。どういうわけか分からないのですが、遠隔の山岳地にあるATMの場合、現金輸送が間に合わないのかもしれません。

心待ちにしている送金が届くと、学生たちはすぐに全額を引き出しています。幾人かは少しずつ、日本円にして¥50-100円単位で引き出していました。いずれも大切に使っているのです。学用品やどうしても必要と思える数学や英語の教科書を買ったり、補習してくれる先生への謝金、カップラーメンなどの食品、親元へ帰るためのバスや渡し船代に使っているようです。多分実家の生活、兄弟の学用品などにもなっていることでしょう。

生活と勉強の様子を知るために、手紙と写真を送金前に送ることを条件にしています。始めは大変そうですが卒業近くになるとまとまりの良い手紙が届くようになります。送られた写真で見るb彼らの成長はとても嬉しいものです。

最近はスマホで送ってくる学生もいます。早くて便利でよいのですが、問い合わせや相談事もあって担当者泣かせになってきています。資金はすべて支援してくれる人からいただいています。ありがたいことです。

田舎の中高生たちと住んでいる小屋(2016年2月)

田舎の中高生たちと住んでいる小屋(2016年2月)

 

 

奨学生に会いに行こう

2017年6月20日 事務局 沢田誠二

フォンサリはラオス最北部、世界遺産都市ルアンパバーンから陸路2日かかるところです。標高1,200メートルの山岳地、30ほどの少数民が居住、朝夕の雲海をはるか下に見る天空の郷です。

今年3月、4名が訪れました。DEFCの支援地視察と奨学生たちとの面談、新規奨学生を選ぶ試験が目的、一週間以上の旅程でした。道が良くなって道中時間は以前より短くなったようですが、学生たちが学ぶ山奥の高校への道のりは依然大変だったとのことです。

ハッサー高校は県都フォンサリから山道を下って約1時間の谷底、斜面を削った狭いなりの平地に校舎や草ぶき教室、先生の宿舎や自炊小屋が散在しています。運動場に相当する広場はありません。

代表 MTの話です。

「奨学生と面談中、校長が一人の学生を連れてきました。小さい時から足に障がいを持っているのだが、とても勉強に意欲がある。親は貧乏でおおぜいの子どもたちを小学校(5年間)へやるだけで精一杯。まして足が悪いこの子には勉強などしても無駄、せめて家の手伝いをしろと、半ば強制的に学校に行くなと言っている。でもこの学生はどうしてももっと勉強したいということで中学校へ通って来ており、高校へも行かせてやりたい。

校長の話が終るか終わらない時に、同席のSOさんが「諾」とはっきりと返事しました。直ぐに担任の先生の大泣きが聞こえてきました。室に入れずに外からずっと心配して見ていのです。校長もうれし泣き。参会していた皆さんも感涙です。

学生は終始うつむいて私たちの話を聞いていました。もしかしたら、何が起きているのか理解できていなかったのかもしれません。急にやってきた外国人が諦めないといけないと思っていた希望の扉を開いてくれたのです。奨学金に応えてくれたSOさんから「勉強したいのか、学校に行きたいのか?」と問われ「はい」とはっきり返事し、少しだけニコリとしました。障がいを持つからこそ勉強が必要との判断だったと帰りの車中で聞きました」

サムパンサイは雨季には車が入れない難路遠隔地、幹線道路から逸れて谷道尾根道を1時間以上、もみくちゃに揺さぶられ、幾度も頭を四駆の天井へぶつけ辿り着けるところです。電気は数年前に来ましたが、ゲストハウスはありません。ふもとまでの交通は主にバイクの二人三人乗り、そうでなければ片道数時間の歩きです。

高校は集落から少し離れた斜面を下った比較的細長い平地。校庭を挟んで一方に校舎、片方に先生や学生たちの寮や小屋が立ち並び斜面片方は雲海に続いています。少し上の斜面にしつらえた溜池から引いた簡易水道が共同の炊事や水浴び場です。周辺と教室はきれいに整えられていて、先生たちの熱意がうかがえます。

送金を心待ちしている奨学生たちは半日かけて歩いて下りATMで半年ごとの入金を確かめます。奨学金が届いていないことが分かりました。3カ月も前に首都の銀行で振り込みしたのに、です。彼らは失望し重い足取りで自炊小屋に帰ったことでしょう。入っていれば少しは買い物をし何か食べて元気に帰ったでしょう。このことで視察の皆さんは肩身の狭い思いをさせました。それでも学生たちの自己紹介スマホ映像を持ち帰りました。代表の話です。

「スマホの波はここまでも来ており、学生たちは写真を撮られることには慣れています。でもビデオに撮られる、ましてや自分のことを話すとなると初めの体験だったことでしょう。何人かの学生は緊張で途中で言葉に詰まり、撮影後泣き出した学生もいました。

帰路、学生たちの涙は何だったのだろうと話し合いました。緊張が解けた涙だったのか、きちんと話せた自分に対する涙だったのか。一つ言えることは、あの場にいた誰にとっても、人生でかけがえのない時間だったということです。

サムパンサイへの訪問は当初、予定にはありませんでした。交通のアクセスが悪すぎるためです。費用対効果を考えれば、学生たちにふもとの村まで出て来てもらい交通費や宿泊費を払うことが正解だったでしょう。NPO活動にも費用対効果の考えはとても大事ですが、あの場所あの瞬間でしか見られない学生たちの表情がとれ、その時間を一緒に共有することができました。それはとても尊く、美しいものでした」

映像は帰国後代表がDVDに編集し支援者へ届けました。はにかみながらもきちんと挨拶をしている純朴な姿を見て、受け取った支援者は喜んでくださいました(写真)。

奨学金未着の問題は、同行のYMさんが手早く連絡などしてくれ、学生たちの通帳記録を調べました。視察団の訪問した日の前後に振り込まれたことが分かりました。届くのに数カ月掛かっていたのです。かの地は難路の遠隔地、最寄りのATMへ行くのも1日がかり、振込みを得てもお金を引き出せないこともあるところです。

そんなところで行うNPO活動は私たちのところの常識という物差しは使えません。それなりに、あるいは、だからこそやりがいがあると思えます。

感激や励まし、嬉しい出会いもあるからです。

写真、奨学生ノイワンリーの動画表紙写真、背景は学生たちの住む小屋や寮

写真、奨学生ノイワンリーの動画表紙写真、背景は学生たちの住む小屋や寮

DEFC 2016-2017年度通常総会報告

(記述文字、黒色は総会時に配布した原案、青色は議事経過と修正と加筆を示しています)

案内・委任状郵送 2017年4月18日
議案書 開催日配布
開催日時  2017年5月11日(木)13:30-14:30
開催場  所  京都府京田辺市松井ケ丘1丁目23番地4 DEFC事務所 沢田誠二宅 (0774-63-2060、090-8984-1381)
経 路  大阪からはJR 学園都市線松井山手駅下車、京都駅からは直Qバスが便利、詳細はお問い合わせください。

出席会員 苫広、内山、桐原、辻、木下、沢田Y、沢田S (7名)、議長への委任状 19名、
総会成立 会員総数31名中参加者26名、定款27条 三分の一以上の出席を満たしている。
司会と議事運営 沢田S事務担当理事
松本代表が海外滞在中(国境なき医師団)で欠席(委任状出席)を報告
議長選出 苫広会員、沢田理事を選出
議事 議案書に沿って沢田理事は報告後、質疑、会計の仕方について活動項目ごととし、支援金の移動を管理するだけの「校舎等建設手伝い」や「現地視察同行案内」の会計は、2017年度からDEFC会計から切り離す、今年度(2017年度)の活動の基本方針として、「ラオスの人たちがやっている教育NPOと提携する」と決定、議事録承認者として木下会員、辻会員を選出して予定時刻で閉会した。

1号議案  2016年活動報告
国内活動

熊本地震緊急支援  2016年4月14日の地震への緊急義援を呼びかけ、会員や支援者、友人・知己から受けた義援金を、初期には現地で本人もかなりの被害を受けたがやってくれるという協力者(元JICAシニアボランテア)へ送金、協力者はミスや食料、衛生品、調理器具など緊急必要品をあちこちで購入、最も被害の大きかった御船町避難所へ数日間届けてくれた。後半では、災害義援金を管理送金してくれるNPO-スマートサバイバー経由で現地の支援組織へ送金した。寄金者(組織)39、総額(送金額も同じ)¥637,000円、ありがとうございました。
     内山-Y プロジェクト  2016年10月1日~11日、ラオスのサイサモンとニンラダ先生を日本に招聘、大津市立青山小学校で校長はじめ教職員の全面的な協力を得て研修を実施、朝の登校時の挨拶活動に始まり、すべてグラフィックス1の学年で授業参観、給食体験、休み時間での交流などが休む間もない充実した内容でした。授業時間をいただき、生徒たちにラオス紹介。すべての日程で国費留学生ニョッドマニーさんが通訳および様々な世話をしてくれました。ラオスの先生たちはすべてが新鮮な驚きであったようです。見たこと、体験し学んだこと、参考になったことは今後の教育に生かしてくれることでしょう。テレビや新聞の取材がありました。市教育長への表敬訪問、立命館大学の経済セミナーでお話する機会も得ました。
      藤沢康裕理事  6月25日(土)神奈川県のセシリア女子中・高等学校の高生徒会役員及び顧問教員にラオスでの学校建設について講演、息の長い生徒会活動として何かやれないかということを考えるとの趣旨でした。 グラフィックス2
沢田誠二理事  8月3日(水)関ライオンズクラブの月例会で講演、ラオスの教育事情と支援について。
松本卓朗代表  9月3日愛知県のNPO手しごと屋豊橋で講演、国際医療活動体験で得たことグラフィックス3考えることを紹介、DEFCについても話しました。アフリカやアラブ諸国で人々の習慣、宗教や文化の違い、仕事をすることの大変さ、信頼を得ることの大切さを話し、たくさんの質問と共感を受けました。

ラオス活動

   奨学金 現在奨学生数、111名、内終了や退学生30名ほど、支援者100名以上で、実施上の困難(奨学生への連絡や周知、銀行送金の遅れなど)はありますが、年ごとに充実しています。卒業生の半数程が、ラオス国立大学や専門学校へ進学しています。
3月に行った奨学生や担当教員との面談で奨学金の主旨や彼らがやるべきことなどの周知が出来てきました。奨学生からの連絡は、留学生や協力者のおかげで直接にできるようになってきています。視察中に出会った、勉強意欲のある障がい学生を即断で受け入れも行いました。
  ラオス支援地視察 (2017年2月24日―3月17日) 支援者と同行して校舎提供をした村小学校などの訪問、奨学生面談、6次奨学金試験、太郎の図書館訪問、残留不発弾地域視察。行き先を三つに分け同行者を募り、費用はDEFC負担を除き、参加者均等負担で実施しました。
フォンサリ 組4名、2月27日-3月4日以後ルアンパ番組の合流、難路・遠隔地の学校6を視察、奨学生面談で12名の挨拶動画記録グラフィックス4を撮影、帰国後9名分をDVDにして支援者へ配布、ホームページへも掲載した。
ルアンパバン組 豊橋グループ15名、つぼみ会5名、同行通訳を合わせ24名、3月2日-同6日、奨学生面談グループと村小学校などの訪問グループに分かれ合計12の学校を訪問視察、観光はヴィエンチャンの3か所とルアンパバンの夜店だけ、やや厳しい日程だった。グラフィックス5シェンクアン組 11名、3月7日-同10日、残留不発弾処理センター、不発弾探索と最終爆破処理現場懸隔と女性隊への慰問、たろうの図書館訪問とモン族の民話研究者安井様面談、村小学校を訪問し不発弾教育の様子を視察。

2号議案  2015年度会計と監査報告 (項目について説明を入れ承認)

DEFC収支決算 (2016年4月-2017年3月、日本円)

監査報告 事業の性格上、使用通貨が3種(日本円、アメリカドル、ラオスキップ)、加えて換金率の変動で会計は煩雑にならざるを得ない。 会計原簿には収入、支出、資金の移動などについて明確・詳細に記録されている。これをもとに項目別に段階的に集計して収支決算書が作られている。

会計原簿と領収書類の抜き取り照合、日本にある銀行通帳3通の照合を行い、照合項目は全て合致していた。決算に至る集計は段階的に行われている。

会計記録と領収証などの保全・管理は改善が望まれるが、会計は妥当と認める。

監 事 乾美紀

2017年5月10日

 項目 収  入 支  出
繰越し (2015年度から2016年度へ、定期預金及び年度を挟んだ校舎等建設手伝い預り金)

5,205,468

 一般寄付 (指定がなかった寄付)

 173,456

 0
 会  費 (二年分や定額以上の提供を含む  194,000  0
 熊本地震緊急支援 (収支差額は領収証送付や銀行送金事務費  637,922

633,990

 研 修 (内山Yプロジェクト、サイサモンとラオス教員1名の大津市小学校での教育体験、収支差額はDEFC負担 522,040

610,725

 講 演 (支出は受領した講演謝金から支出した交通費実費  95,278

38,020

 校舎等建設お手伝い(DEFCは手数料に相当する金額は受け取っていない、収支差額は年度をまたがった現地への送金予定の預り金、2017年度から別会計とする

5,593,684

2,035,609

 冊 子 (沢田著作「アヘンさよなら学校こんにちは」、絵はがきほか各種印刷物への寄金、支出はこれらの印刷実費

84,112

27,698

ラオス支援地視察同行案内 (差額は奨学生面談などのDEFC活動であるのでDEFC負担、2017年度から別会計とする

1,332,582

1,735,773

奨 学 金 (奨学金は3年間である。差額は繰越金又は定期預金としている

1,161,000

621,549

スタツア (サイサモン学校教育体験、差額は2017年度に受取り予定

120,000

250,000

日本活動 (日本国内での諸活動、事務費、収入は貸し出したプリンタへの謝金、支出は会費及び一般寄付収入から

4,020

250,000

翻 訳 (奨学金手紙、契約書などの翻訳への謝金、、支出は校舎等建設お手伝い及び、奨学金収入から  0

39,840

 ラオス活動 (ラオス国内での諸活動への謝金、交通や事務費、支出は会費、校舎等建設、奨学金及び一般寄付収入から  0

148,314

 利 子 (ラオス銀行預金利子を含む、定期預金の利子は含まない  7,271  0
 合 計 (2016年度円換算収支

9,925,365

6,329,123

2017年度への繰越 (円換算、ラオスでの定期預金を含まない

3,596,242

 

財 務 状 況 (2017年3月31日現在)
項  目 Kip  3号議案役員人事全員留任を提案します。

理 事(代表)
松本 卓郎
理 事(広報)
藤沢 康裕
理 事(事務会計)
沢田 誠二
理 事
桐原栄美子
理 事
川島 良一
理 事
一戸 慎也
監 事
乾  美紀
監 事
沢田さやか

沢田現金会計

16,523

715,500

13

松本現金会計

73,423

 0

139

サイサモン現金会計

1,093,070

114,096,532

833

藤沢現金会計

0

 0  22
マニー現金会計

18,138

 0  0
京都銀行  401,435
郵貯銀行  1,973,017
三菱東京UFJ  14,948
DEFC Laos US$ Account BCEL  57
 DEFC Laos Kip Account BCEL  34,915,713
 ラオスポンサワーン銀行  606,320  11
 合   計  3,590,554  150,334,065

1,075

 定期預金
Lao-Viet Bank, one year, interest, 10.25  50,000,000
 Lao Construction Bank on the date 2015, Oct. 21  100,000,000
 Lao Viet Bank on the date 2015, Feb 14, int
K5,120.000Kip
 50,000,000

4号議案  今年度(2017年)事業計画
活動をDEFCの力量に合うように調整する。奨学金と現地視察活動に絞り、ラオスの人たちが運営する教育NPOとの提携、ラオスからの留学生や協力者を得て現地との直接の交渉や連絡、送金を行うことで仕事の迅速化をはる。
会計や事務の仕事を減らすように整理し、将来の担当者への移行を容易にする。
互いの顔が見える奨学金(年間概算¥120万円)は資金の確保と保全をしながら着実に行って行く。奨学生選考の方法(現在は学力試験と生活状況の数値化で決めている)、手紙の翻訳や記録、送金などの事務仕事を改簡素化する。
他団体の「校舎等建設支援へのお手伝い」活動は、極力当該団体に任せ、資金管理や送金などの手伝いは別会計で行う。DEFCは支援者(団体)の要請に基づき候補地の紹介、及び教育局との連絡や契約への助言、資金送付は、支援者(団体)が直接に現地担当教育局へ送金できるように協力する。ラオスの人たちが運営する教育NPOとの提携が軌道に乗れば、建設支援活動は容易になると期待できる。

5号議案  今年度(2017年)予算計画 

項    目 収  入 支  出
繰越し(定期預金を含まない) 3,596,242
会 費 150,000
一般寄付 150,000
奨学金 700,000 1,200,000
ラオス視察 (支援者等の同行案内経費は別会計都市ここに含まない 400,000
学校建設 (これまでやってきた田団体の建設プロジェクトは別会計としてここには含まない 1,000,000 1,000,000
利子・利息(定期利子を含む) 100,000
国内活動 (国内での翻訳、交通、郵便、送金などの経費 200,000
ラオス活動 (ラオスでの翻訳、交通、郵便、送金などの経費 250,000
予備費(定期預金を含む) 2,646,242
合  計

5,696,242

5,696,242

資料 1  熊本地震会計明細
資料 2  内山-Y プロジェクト
資料 3  奨学生と送金記録
資料 4  3月のラオス視察記録 3通
資料 5  会計集計明細、領収証綴り
資料 6  DEFCの国内銀行口座
資料 7  DEFCの日本国内協力団体一覧
・学生国際協力団体 SIVIO <http://sivio.jp/> 関西、東海、関東に支部、これまでに小学校10校舎を提供、春と夏に現地訪問し村人や生徒と交流。ただ今次の支援地を検討中。
・学生国際協力団体 CHISE <http://chiseraos.web.fc2.com/> 神戸の学生団体、これまでに小学校3校舎を提供、毎春夏に現地を訪れ交流衛生教育等を実施。今春3つ目の小学校校舎の建設開始。
・国際協力団体 夢追人 <http://yumeoibito-smile-laos.jimdo.com/> 関西から関東にかけた若者たちの団体、「100円募金」で8村に小学校校舎やトイレ水道の敷設。今春中等学校小屋住い生徒のための自炊場提供。
・特定非営利活動法人国際学校建設支援協会 ISSC http://ameblo.jp/isasc/entry-12003945587.html ネパール及びラオスで教育支援及び障がい者教育と自立支援、人身売買問題にも取り組んでいる。
・国際ふりかけ協議会 <http://www.ifa-furikake.jp/about/index.html#ab05> ラオス訪問の度にフリカケの提供を受けている。
郵貯銀行ぱるる  総合通帳14380-77642041名義人特定非営利活動法人DEFC
京都銀行  大住支店普通預金 4026496名義人特定非営利活動法人DEFC
三菱東京UFJ銀行  京都支店431口座番号3068524名義人特 定非営利活動法人DEFC理事沢田誠二

ありがとうございます、これからもどうぞよろしく。

DEFC奨学金報告3   2017年4月15日

この度第六次の奨学金受給生が確定いたしました。2017年2月度のラオス視察の際に9校88名の奨学金希望者の中から選考試験を実施し、厳密な採点を行った結果18名の奨学生が確定しました。

今年は一つ新しい取り組みが増えました。身体に障害を持つ生徒を特別奨学瀬瑛として1名加わりました。これは勉学意欲の強い身体障がい学生がハンディキャップを乗り越えるには勉学こそ必要と判断した故です。

ここでDEFCの奨学金の状況を振り返ってみます。

第 次 奨学生数 累積数 2019-4月現在
2012年 第一次奨学金 7 7 完了
2013年 第二次奨学金 15 22 完了
2014年 第三次奨学金 26 48 受給中
2015年 第四次奨学金 15 63 受給中
2016年 第五次奨学金 27 90 受給中
2017年 第六次奨学金 18 108 本年から開始

奨学金受給者数が年毎に変動しておりますが、これはご支援いただく方々によって変わりますが、回を重ねる度に奨学生数が増加傾向にあることは嬉しいことです。

高校を卒業して支援が完了した生徒たちはそれぞれの道を歩んでおりますが、今年(2017年2月)のラオス視察の際にその卒業生3人がDEFCラオス事務所の図書館を訪ねて下さり歓談しました。

3人ともラオス国立大学に進学して環境工学、建築工学、フランス語学科で学んでいるとのことで大変頼もしく感じました。

支援者の方々から頂いた大切な資金が少しずつラオスの力になっていく姿は植物に例えればちょっとだけ芽吹いたところです。これが時間と共にどこまで大きく花開くのかとても楽しみです。

奨学金で高校を卒業しラオス国立大学で学ぶ学生さんたち。

奨学金で高校を卒業しラオス国立大学で学ぶ学生さんたち。

第六次奨学生の皆さん

第六次奨学生の皆さん

2017年2月度ラオス便り第4号(シェンクワン視察記録)

視察記録 シェンクアンはるか   桐原 栄美子

期 間  2017年  3月7 日(火)-3月10日(金)

女子隊 ラオス、空路シェンクアン到着、残留不発弾処理センターに直行しました。所長から、不発弾処理に関する映像とお話を受けました。国内の不発弾処理終了にはまだ100年以上がかかるそうです。翌々日に探索と最終爆破処理作業の現場を訪問することができました。メイン道路のすぐ側で民家や畑の点在する小さな村です。女性隊リーダーから作業の流れについて説明があり、血液型と何かあっても自己責任ですと示す文書に署名、探索と発掘現場を見せてもらい、おしまいに500メートル離れた場所から、掘り出した爆弾の爆破スイチを同行者が押させていただき、3ヶ所同時の爆破でした。爆発音の響きは何度聞いても身の縮む思いがします。

危険を伴う作業には、女性の細かく繊細で慎重な能力が必要とされるので、このチーム12名の隊員のうち女性が8名、うち既婚者が6、妊婦さんが1名おられたのも驚きでした。別れ際の話で、家庭を持って働く苦労話ではどこの国の女性も同じで、たくましいものだと思いました。特に日焼け顔の女性隊員の皆さんは美しく立派です。日本から持参したささやかなお土産を渡し、活躍と再会を願ってお別れしました。

たろうの図書館と出会いのふしぎ 楽しみにしていた場所、ゲオバトウ村、ラオスでも一級の僻村の一つでしょう。濃い霧の中3年ぶりの訪問です。20名位の幼児や低学年の子供たちが目をキラキラさせて待ってくれていました。早速図書館の安井さん((モン族民話研究者)が通訳してくださり、サルカニ合戦のエプロンシャターや、輪つなぎ、手洗い教室をしました。窓から覗いていた高学年の子供たちや、乳飲み子を連れた若いお母さん達で、いつの間にか八畳位の図書館はいっぱいになりました。みんなでワイワイ、2時間遊んで、あちこちから頂いた絵本やノート、歯ブラシ、お菓子のプレゼントを渡し、返礼の歌声を聞いてさよならをしました。

昼食は安井さんの定宿である元村長さん宅、おばあちゃん手作り料理をいただきました。裏庭には数年前に亡くなった御主人の墓があり、軒先にはおばあちゃんの棺桶がおいてありました。ご馳走になり、お礼を言うと、「たくさん食べ、たくさん飲み、寝て行け」と言われ。「また来ます」と返事すると、「早く来ないと私はもう年寄りだから居なくなるよ」と即答され、うるうるの別れでした。二日後に不思議な出会いがあるなんて想像もしないことでした。

その日はシェンクアンに帰って市場見物でした。同行者たちは竹カゴの中に入れられて売られている生きたブタやトリを見に行きましたが、私は苦手なので一人ぶらぶらしていました。あまりにも暑いので、米屋の店先の40才ほどに見えるの優しそうな二人の側に座らせもらい、待つことにしました。私が日本人とわかり身振り手振りで会話し、デジカメの写真を見せると、たろうの図書

館や安井さんやゲオバトー村の写真を指さし興奮気味! 直ぐに通訳のミーさんを呼んで話を聞くと、米屋のおばさんは2日前に世話になったゲオバトー村のお婆さんの孫娘で、安井さんの日本名はわからないけどモン族名のパヌンであると言いました。

村に里帰りをした時には子供たちをたろうの図書館で遊ばせたこと、さらに彼女は、「パヌンの知り合いの皆さんはわたしのお客さんだから、歓迎したいのだが今はなにもできないので」 と店先の売り物のお菓子〝あげお焦げ〟を全員にプレゼントしてくれました♪

かのおばあちゃんにしてこの孫娘、モン族の人たちの温かい豊かな心をいただきました。きっと、この素敵な出会いは、たろうの図書館の太朗さんからのサプライズだと、夢見る乙女!である私は信じました。

不発弾授業の参観 田舎の小学校を2つ訪問、不発弾教育の授業を参観しました。ここは今でもが森や林、畑や水田はもちろん、宅地や校庭でも時には危険なクラスター爆弾が見つかるところです。何も知らない子供たちが見つけ、おもちゃにして遊んでいるときに爆発して死傷することが依然起こっています。事故を防ぐため小学校一年生から爆弾についての授業をやっているのです。授業は爆弾の絵と果物やおもちゃの絵を見せて、爆弾はこういうものですと教えています。子どもたちは真剣に先生の質問に答えていました。

参観お礼のあいさつで、同行の一人は、あたま、眼、手と足を日本語とラオス語で黒板に書かせたあと、身振り手振りを入れた即興の歌で「爆弾に気をつけようね、爆弾であたま、眼、手や足をなくさないようにしようね…」と歌いました。もう一人は別れ際に先生たちに「こんな小さい子たちへ爆弾の教育をしないことはつらいですね」と伝えました。ほかに不発弾被害者支援センター、被爆仏像の寺を訪問しました。

この夏、わが家の小さな庭ですが、ひまわりを咲かせたいと思います。お世話になった安井さんが長老からもらったモン族名「パヌン」は〝ひまわり〟だそうです。

以上

不発弾処理現場で

不発弾処理現場で

太郎の図書館で

太郎の図書館で

 

 

 

 

 

 

爆弾で建物が破壊されても仏像が残っているワット・ピアワットで

爆弾で建物が破壊されても仏像が残っているワット・ピアワットで