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付きまとう薬物

DEFC事務局 沢田誠二

アヘンは有史以前の遺跡でも痕跡が見つかっているとのことです。祭りや祈りまたは治療に使われたのでしょうか。人類が最も古くから付き合ってきた薬物の一つと思えます。近世になって西欧で一時市井にもてはやされたこともありましたが、その強い中毒性のため今では世界中で禁止薬物です。

禁止に至る近代史で、ケシ栽培とアヘン生産は戦争におぞましく付きまとっています。植民地全盛時代の大英帝国が中国(当時清朝)に対して行ったアヘン戦争はその典型です。インドで作ったアヘンを中国へ持ち込み大儲けしました。国を疲弊荒廃させるとして抵抗した清国に戦争を仕掛け屈服させたのです。軍国時代の日本の関東軍の隠された資金源でもありました。当時の満州(今の中国東北部)で作ったアヘンを中国(当時中華民国)へ密輸販売し巨額の利益を得ました。中国はますます疲弊しましたが一方では、これではいかんという人たちが立ち上がりました。

戦乱と疲弊貧困の連鎖はアヘンを伴って今も続いています。昨今の世界のニュースはアフガニスタンとその周辺でケシ栽培が復活していると伝えています。過去数十年来アフガニスタンは戦乱と貧困の中にあります。貧しい辺境では以前からケシ栽培が盛んでした。二昔前にターリバンが政権を取って禁止し栽培は減少しました。しかし、その後追い出される立場になったターリバンは資金源とするために栽培と生産をやっているのです。この連鎖を止める方法はあるのでしょうか。

ラオス、タイ、ミャンマーが隣り合う地域はもう一つの大きな栽培地でした。べトナム戦争を知る村人は「当時このあたりはケシでいっぱいだった」と言っていました。いずれの勢力がこれから資金を得ていたのかの詮索はともかく、今世紀初めラオス政府は日本を含む国際支援で中毒者の治療もあわせてケシ栽培撲滅に乗り出し、数年後に一掃したと宣言しました。タイはもっと早く、周辺の国々も同様な施策を行いました。

しかしながら他の禁止薬物で依然東南アジアは危険なところです。旅行者や戦乱に直接には関係のない人たちがこの種の薬物に誘われるのです。これを防ぐためどの国でも厳しく規制し、理由は何であれ所持するだけで死刑、良くて終身刑です。興味があるからと近づかないこと、決して見も知らぬ人から物を預からないことです。

撲滅宣言をしたこの地域で、ケシ栽培がひそか進んでいないか心配です。

以上

 

50‐100円の引き出し

2017年6月1日  DEFC事務局 沢田誠二

久し振りにラオスの話題、二年以上前にここで紹介したひげチョビたちがやっている奨学金です。延べ人数は110名を越えました。この内30名が終了、大学や専門学校へ進んでいる学生もかなりいます。何人かは知らせてくれました。田舎の高校生へ3年間、半年ごと¥6,000円のちいさな提供ですが結果が出てきています。問題も少し。

十年前と比べラオスは大きく変わりました。教育もその一つです。田舎や山岳僻村でも子どもたちは学校へ行くようになり、半数以上が中学校へ進んでいます。教科書は不十分ですが行き渡ってきています。先生の教え方も変わり低い目線で教えるようになりました。でも、高校へ進む学生はまだ少なく、ところに依りますが半数程度です。この年齢になると家事や農業の大切な働き手です。大部分は単純作業ですが出稼ぎで収入も得られます。進学しても結婚でやめてしまう例も少なくありません。高校がまだ未だ少ないことも理由でしょう。

学校が遠くにあるため毎日の通学が出来ないので、遠隔地の学生は学校の近くに居留します。親戚や知人を頼って下宿したり、二段ベッドの学生寮、竹や草葺の小屋に住んでいます。寮や小屋住まいでは自炊が当たり前で、カップラーメンはごちそうです。週末や休日は農業の手伝いや家畜の世話のために実家に帰ります。中には学期中に1、2度しか帰らない学生もいます。遠いし帰る金もないからです。片親や両親とも死別した学生、7-8人の兄弟姉妹の中で本人だけ高校へ来ている場合も少なくありません。奨学金はこのような状態で頑張っている学生を選んでいます。

送金は銀行振り込み、直接に本人の口座へ届けます。事情があって学生たちの通帳を調べました。首都から送っているのですが、その日に届かないで数日後から一週間ほどして届く場合があることが分かりました。最近の例では3か月たって届きました。どういうわけか分からないのですが、遠隔の山岳地にあるATMの場合、現金輸送が間に合わないのかもしれません。

心待ちにしている送金が届くと、学生たちはすぐに全額を引き出しています。幾人かは少しずつ、日本円にして¥50-100円単位で引き出していました。いずれも大切に使っているのです。学用品やどうしても必要と思える数学や英語の教科書を買ったり、補習してくれる先生への謝金、カップラーメンなどの食品、親元へ帰るためのバスや渡し船代に使っているようです。多分実家の生活、兄弟の学用品などにもなっていることでしょう。

生活と勉強の様子を知るために、手紙と写真を送金前に送ることを条件にしています。始めは大変そうですが卒業近くになるとまとまりの良い手紙が届くようになります。送られた写真で見るb彼らの成長はとても嬉しいものです。

最近はスマホで送ってくる学生もいます。早くて便利でよいのですが、問い合わせや相談事もあって担当者泣かせになってきています。資金はすべて支援してくれる人からいただいています。ありがたいことです。

田舎の中高生たちと住んでいる小屋(2016年2月)

田舎の中高生たちと住んでいる小屋(2016年2月)

 

 

奨学生に会いに行こう

2017年6月20日 事務局 沢田誠二

フォンサリはラオス最北部、世界遺産都市ルアンパバーンから陸路2日かかるところです。標高1,200メートルの山岳地、30ほどの少数民が居住、朝夕の雲海をはるか下に見る天空の郷です。

今年3月、4名が訪れました。DEFCの支援地視察と奨学生たちとの面談、新規奨学生を選ぶ試験が目的、一週間以上の旅程でした。道が良くなって道中時間は以前より短くなったようですが、学生たちが学ぶ山奥の高校への道のりは依然大変だったとのことです。

ハッサー高校は県都フォンサリから山道を下って約1時間の谷底、斜面を削った狭いなりの平地に校舎や草ぶき教室、先生の宿舎や自炊小屋が散在しています。運動場に相当する広場はありません。

代表 MTの話です。

「奨学生と面談中、校長が一人の学生を連れてきました。小さい時から足に障がいを持っているのだが、とても勉強に意欲がある。親は貧乏でおおぜいの子どもたちを小学校(5年間)へやるだけで精一杯。まして足が悪いこの子には勉強などしても無駄、せめて家の手伝いをしろと、半ば強制的に学校に行くなと言っている。でもこの学生はどうしてももっと勉強したいということで中学校へ通って来ており、高校へも行かせてやりたい。

校長の話が終るか終わらない時に、同席のSOさんが「諾」とはっきりと返事しました。直ぐに担任の先生の大泣きが聞こえてきました。室に入れずに外からずっと心配して見ていのです。校長もうれし泣き。参会していた皆さんも感涙です。

学生は終始うつむいて私たちの話を聞いていました。もしかしたら、何が起きているのか理解できていなかったのかもしれません。急にやってきた外国人が諦めないといけないと思っていた希望の扉を開いてくれたのです。奨学金に応えてくれたSOさんから「勉強したいのか、学校に行きたいのか?」と問われ「はい」とはっきり返事し、少しだけニコリとしました。障がいを持つからこそ勉強が必要との判断だったと帰りの車中で聞きました」

サムパンサイは雨季には車が入れない難路遠隔地、幹線道路から逸れて谷道尾根道を1時間以上、もみくちゃに揺さぶられ、幾度も頭を四駆の天井へぶつけ辿り着けるところです。電気は数年前に来ましたが、ゲストハウスはありません。ふもとまでの交通は主にバイクの二人三人乗り、そうでなければ片道数時間の歩きです。

高校は集落から少し離れた斜面を下った比較的細長い平地。校庭を挟んで一方に校舎、片方に先生や学生たちの寮や小屋が立ち並び斜面片方は雲海に続いています。少し上の斜面にしつらえた溜池から引いた簡易水道が共同の炊事や水浴び場です。周辺と教室はきれいに整えられていて、先生たちの熱意がうかがえます。

送金を心待ちしている奨学生たちは半日かけて歩いて下りATMで半年ごとの入金を確かめます。奨学金が届いていないことが分かりました。3カ月も前に首都の銀行で振り込みしたのに、です。彼らは失望し重い足取りで自炊小屋に帰ったことでしょう。入っていれば少しは買い物をし何か食べて元気に帰ったでしょう。このことで視察の皆さんは肩身の狭い思いをさせました。それでも学生たちの自己紹介スマホ映像を持ち帰りました。代表の話です。

「スマホの波はここまでも来ており、学生たちは写真を撮られることには慣れています。でもビデオに撮られる、ましてや自分のことを話すとなると初めの体験だったことでしょう。何人かの学生は緊張で途中で言葉に詰まり、撮影後泣き出した学生もいました。

帰路、学生たちの涙は何だったのだろうと話し合いました。緊張が解けた涙だったのか、きちんと話せた自分に対する涙だったのか。一つ言えることは、あの場にいた誰にとっても、人生でかけがえのない時間だったということです。

サムパンサイへの訪問は当初、予定にはありませんでした。交通のアクセスが悪すぎるためです。費用対効果を考えれば、学生たちにふもとの村まで出て来てもらい交通費や宿泊費を払うことが正解だったでしょう。NPO活動にも費用対効果の考えはとても大事ですが、あの場所あの瞬間でしか見られない学生たちの表情がとれ、その時間を一緒に共有することができました。それはとても尊く、美しいものでした」

映像は帰国後代表がDVDに編集し支援者へ届けました。はにかみながらもきちんと挨拶をしている純朴な姿を見て、受け取った支援者は喜んでくださいました(写真)。

奨学金未着の問題は、同行のYMさんが手早く連絡などしてくれ、学生たちの通帳記録を調べました。視察団の訪問した日の前後に振り込まれたことが分かりました。届くのに数カ月掛かっていたのです。かの地は難路の遠隔地、最寄りのATMへ行くのも1日がかり、振込みを得てもお金を引き出せないこともあるところです。

そんなところで行うNPO活動は私たちのところの常識という物差しは使えません。それなりに、あるいは、だからこそやりがいがあると思えます。

感激や励まし、嬉しい出会いもあるからです。

写真、奨学生ノイワンリーの動画表紙写真、背景は学生たちの住む小屋や寮

写真、奨学生ノイワンリーの動画表紙写真、背景は学生たちの住む小屋や寮

ラオス教育体験記

ラオス教育体験実習報告

DEFCでは、教員志望の学生や興味のある人たちに、ラオスでの教育現場体験を提供するプログラムを始めました。DEFCのラオス担当者であるサイサモン先生が経営する学校(場所:首都ヴィエンチャンの郊外)で実際の授業に参加するのです。この夏、2組のグループが実習しました。以下はその記録です。

興味ある人はDEFC事務局(info@defc-laos.org)へお問い合わせください。

わかなよねグループ

8月11日~12日にサイサモンさんの学校に行き教育実習を行いました。私たちが学生の頃に学んだことや、今働いている園での経験を生かし保育内容を計画しました。二日間とも午前と午後に一時間ほど保育を行い、手遊び・リトミック・体操マネっこ遊び・水風船・シャボン玉・列車ゲームなど色んなゲームをして遊びました。

子ども達と言葉ではコミュニケーションはとれませんでしたが、私たちの身振り手振りを真似ながらしてくれました。初めは、子ども達との間に距離がありましたが、少しずつ笑顔を見せ歩み寄ってきてくれた子ども達! 最終日には、引っ付いてきてくれるまでになりました。私たち自身も戸惑うことが何度もありましたが、子ども達と一緒に過ごす中で元気や笑顔をもらいました。今回の教育実習経験を大切にし、これから子ども達の笑顔を守れるように活動していきたいと思っています。

151116ラオス教育体験記写真1

151116ラオス教育体験記写真2

 

 

 

 

 

CHISE グループ

1.日時 : 2015年8月13日~15日

2.活動場所 : ビエンチャン タンミサイ小学校

3.宿泊場所 : サイサモン様の所有する図書館

4.活動目的 : 現地を訪問し、実際に授業を考え行うことで、ラオスの教育について触れるとともに、自身の知見を広め自己成長へとつなげる。また、タンミサイ小学校の生徒にとって普段関わることのない日本文化を伝え、異文化交流を行う。

5.内容

<1日目>・空気砲の実験(2クラス)、・スライム作り(2クラス)

<2日目>・書道の授業

<3日目>・ちぎり絵製作、・音楽の授業に参加、生徒たちと踊りの交流

6.感想・まとめ 空気砲、スライムは高学年の生徒には少し物足りなかった気がしたが、前で説明すると熱心に耳を傾けてくれた。普段、みたことのない理科の世界を感じてもらえ、大成功であった。書道は準備・片付けに時間を要したが、生徒たちが進んで手伝いをしてくれた。漢字の意味をフリップなどを使用して伝えることができたのが面白かった。最終日のちぎり絵は高学年・低学年の生徒共に一生懸命取り組んでくれて、一枚の絵を無事に完成させることができた。言葉の壁こそあったものの、サイサモン様ご夫妻のお力添えや、日本で少し勉強して行ったラオ語により、比較的スムーズに活動を行うことができた。CHISEの活動だけでは学べないことを本当にたくさん吸収させて頂いた3日間であった。

活動をさせて頂いた小学校、生活の面でもお世話になったサイサモンご夫妻、そしてこのような素晴らしい企画を提案して頂いたDEFC関係者の皆様に心より感謝を申し上げます。有難うございました。

以上

村から多くを学び共に成長をしたい!!

国際支援団体『World Pure Eyes』の岩井研策様からとても感動的な投稿を頂きましたのでご紹介いたします。

『World Pure Eyes』では2012年(平成24年)9月にラオス北部のルアンパバーン県ハッケー村に小学校校舎を建設しました。私どもDEFCはその建設のお手伝いをしたものです。

岩井研策様達は建設後の状況視察のために、この程当地を再訪し多くの感動と収穫を得て帰国されました。感想は『こちらが支援しているというよりも、とても学ばされることが多いと感じています』とのことでした。以下をクリックして下さい

http://www.defc-laos.org/wp-content/uploads/2014/07/f8258116d7655f03ca05347c793a091e.pdf

『World Pure Eyes』 http://worldpureeyes.web.fc2.com/index.html

ハッケー村小学校 http://www.defc-laos.org/wp-content/uploads/2013/12/a1ed5a663ceebac56baec0c0d6000eb4.pdf 

投稿:ラオスの山奥の「たろうの図書館」を訪ねて

今夏8月末「つぼみ」の皆さんがラオス訪問、山間部の「たろうの図書館」へも行ってきました。参加者の一人、桐原さんが手記を寄せてくださいました。ご紹介します。なお、DEFC ではこのような記事を歓迎します。投稿ご希望の節には、担当までお知らせください。(DEFC代表 沢田 誠二)

http://www.defc-laos.org/?p=320