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DEFC奨学金報告3   2017年4月15日

この度第六次の奨学金受給生が確定いたしました。2017年2月度のラオス視察の際に9校88名の奨学金希望者の中から選考試験を実施し、厳密な採点を行った結果18名の奨学生が確定しました。

今年は一つ新しい取り組みが増えました。身体に障害を持つ生徒を特別奨学瀬瑛として1名加わりました。これは勉学意欲の強い身体障がい学生がハンディキャップを乗り越えるには勉学こそ必要と判断した故です。

ここでDEFCの奨学金の状況を振り返ってみます。

第 次 奨学生数 累積数 2019-4月現在
2012年 第一次奨学金 7 7 完了
2013年 第二次奨学金 15 22 完了
2014年 第三次奨学金 26 48 受給中
2015年 第四次奨学金 15 63 受給中
2016年 第五次奨学金 27 90 受給中
2017年 第六次奨学金 18 108 本年から開始

奨学金受給者数が年毎に変動しておりますが、これはご支援いただく方々によって変わりますが、回を重ねる度に奨学生数が増加傾向にあることは嬉しいことです。

高校を卒業して支援が完了した生徒たちはそれぞれの道を歩んでおりますが、今年(2017年2月)のラオス視察の際にその卒業生3人がDEFCラオス事務所の図書館を訪ねて下さり歓談しました。

3人ともラオス国立大学に進学して環境工学、建築工学、フランス語学科で学んでいるとのことで大変頼もしく感じました。

支援者の方々から頂いた大切な資金が少しずつラオスの力になっていく姿は植物に例えればちょっとだけ芽吹いたところです。これが時間と共にどこまで大きく花開くのかとても楽しみです。

奨学金で高校を卒業しラオス国立大学で学ぶ学生さんたち。

奨学金で高校を卒業しラオス国立大学で学ぶ学生さんたち。

第六次奨学生の皆さん

第六次奨学生の皆さん

2017年2月度ラオス便り第4号(シェンクワン視察記録)

視察記録 シェンクアンはるか   桐原 栄美子

期 間  2017年  3月7 日(火)-3月10日(金)

女子隊 ラオス、空路シェンクアン到着、残留不発弾処理センターに直行しました。所長から、不発弾処理に関する映像とお話を受けました。国内の不発弾処理終了にはまだ100年以上がかかるそうです。翌々日に探索と最終爆破処理作業の現場を訪問することができました。メイン道路のすぐ側で民家や畑の点在する小さな村です。女性隊リーダーから作業の流れについて説明があり、血液型と何かあっても自己責任ですと示す文書に署名、探索と発掘現場を見せてもらい、おしまいに500メートル離れた場所から、掘り出した爆弾の爆破スイチを同行者が押させていただき、3ヶ所同時の爆破でした。爆発音の響きは何度聞いても身の縮む思いがします。

危険を伴う作業には、女性の細かく繊細で慎重な能力が必要とされるので、このチーム12名の隊員のうち女性が8名、うち既婚者が6、妊婦さんが1名おられたのも驚きでした。別れ際の話で、家庭を持って働く苦労話ではどこの国の女性も同じで、たくましいものだと思いました。特に日焼け顔の女性隊員の皆さんは美しく立派です。日本から持参したささやかなお土産を渡し、活躍と再会を願ってお別れしました。

たろうの図書館と出会いのふしぎ 楽しみにしていた場所、ゲオバトウ村、ラオスでも一級の僻村の一つでしょう。濃い霧の中3年ぶりの訪問です。20名位の幼児や低学年の子供たちが目をキラキラさせて待ってくれていました。早速図書館の安井さん((モン族民話研究者)が通訳してくださり、サルカニ合戦のエプロンシャターや、輪つなぎ、手洗い教室をしました。窓から覗いていた高学年の子供たちや、乳飲み子を連れた若いお母さん達で、いつの間にか八畳位の図書館はいっぱいになりました。みんなでワイワイ、2時間遊んで、あちこちから頂いた絵本やノート、歯ブラシ、お菓子のプレゼントを渡し、返礼の歌声を聞いてさよならをしました。

昼食は安井さんの定宿である元村長さん宅、おばあちゃん手作り料理をいただきました。裏庭には数年前に亡くなった御主人の墓があり、軒先にはおばあちゃんの棺桶がおいてありました。ご馳走になり、お礼を言うと、「たくさん食べ、たくさん飲み、寝て行け」と言われ。「また来ます」と返事すると、「早く来ないと私はもう年寄りだから居なくなるよ」と即答され、うるうるの別れでした。二日後に不思議な出会いがあるなんて想像もしないことでした。

その日はシェンクアンに帰って市場見物でした。同行者たちは竹カゴの中に入れられて売られている生きたブタやトリを見に行きましたが、私は苦手なので一人ぶらぶらしていました。あまりにも暑いので、米屋の店先の40才ほどに見えるの優しそうな二人の側に座らせもらい、待つことにしました。私が日本人とわかり身振り手振りで会話し、デジカメの写真を見せると、たろうの図書

館や安井さんやゲオバトー村の写真を指さし興奮気味! 直ぐに通訳のミーさんを呼んで話を聞くと、米屋のおばさんは2日前に世話になったゲオバトー村のお婆さんの孫娘で、安井さんの日本名はわからないけどモン族名のパヌンであると言いました。

村に里帰りをした時には子供たちをたろうの図書館で遊ばせたこと、さらに彼女は、「パヌンの知り合いの皆さんはわたしのお客さんだから、歓迎したいのだが今はなにもできないので」 と店先の売り物のお菓子〝あげお焦げ〟を全員にプレゼントしてくれました♪

かのおばあちゃんにしてこの孫娘、モン族の人たちの温かい豊かな心をいただきました。きっと、この素敵な出会いは、たろうの図書館の太朗さんからのサプライズだと、夢見る乙女!である私は信じました。

不発弾授業の参観 田舎の小学校を2つ訪問、不発弾教育の授業を参観しました。ここは今でもが森や林、畑や水田はもちろん、宅地や校庭でも時には危険なクラスター爆弾が見つかるところです。何も知らない子供たちが見つけ、おもちゃにして遊んでいるときに爆発して死傷することが依然起こっています。事故を防ぐため小学校一年生から爆弾についての授業をやっているのです。授業は爆弾の絵と果物やおもちゃの絵を見せて、爆弾はこういうものですと教えています。子どもたちは真剣に先生の質問に答えていました。

参観お礼のあいさつで、同行の一人は、あたま、眼、手と足を日本語とラオス語で黒板に書かせたあと、身振り手振りを入れた即興の歌で「爆弾に気をつけようね、爆弾であたま、眼、手や足をなくさないようにしようね…」と歌いました。もう一人は別れ際に先生たちに「こんな小さい子たちへ爆弾の教育をしないことはつらいですね」と伝えました。ほかに不発弾被害者支援センター、被爆仏像の寺を訪問しました。

この夏、わが家の小さな庭ですが、ひまわりを咲かせたいと思います。お世話になった安井さんが長老からもらったモン族名「パヌン」は〝ひまわり〟だそうです。

以上

不発弾処理現場で

不発弾処理現場で

太郎の図書館で

太郎の図書館で

 

 

 

 

 

 

爆弾で建物が破壊されても仏像が残っているワット・ピアワットで

爆弾で建物が破壊されても仏像が残っているワット・ピアワットで

2017年2月度ラオス便り第3号(ルアンパバン報告)

2017年2月度ルアンパバン組視察報告

1.概要

3月2日(木)~6日(月)全行程5日間でルアンパバンからメコン川の支流のウー川沿いに点在する学校を中心に訪問視察を行った。過去にDEFCが建設した村学校、および奨学金の支援を行っている中等学校である。訪問先では小学校低学年では生徒達との交流が中心で、同行した手しごと屋とつぼみの会の皆様が色々なツールを駆使して交流を図った。中等学校では現在奨学金を支援している学生及び先生方との面談が中心であった。また新たな奨学生選定のための仕事を行った。事前に各学校ごとに試験問題を送って、試験を実施して貰い、解答を受け取った。

学校視察の空いた時間に草木染や藍染の村と工房を訪問し作業を見学するとともに村人が織ったマフラーなどをお土産に購入した。

今回は合計9校を訪問し当初の計画はほぼ予定通りの成果を上げることができた。

総勢28名の視察団の皆様

総勢28名の視察団の皆様

 

校庭で楽器演奏

校庭で楽器演奏

 

 

 

 

 

2.参加者  DEFCスタッフ(通訳含む)、手しごと屋豊橋の皆様、つぼみ会の皆様、それに3月5日から合流したポンサリ組の3名、合計28名。

3.行 程

 3月2日(木) 手しごと屋豊橋15名が首都ビエンチャンに到着、ホテルにチェックイン後市内観光。
 3月3日(金) 午前の便でルアンパバンに移動、ルアンパバンでつぼみの会の皆様6名と合流、午後はタラート(市場)、夜はナイトマーケットを観光と買い物。
 3月4日(土) パクゥー中等学校、ナンバーク中等学校を訪問、帰宅しないで残っていた女子寮の学生たちと面談、領内視察、集まってきた子供たちと遊び、奨学生と面談、奨学金試験解答回収。
 3月5日(日) ナーヤン中等学校、パクモン中等学校、ナムトゥアム中等学校を訪問、奨学生面談、日曜であるが残っていた学生たちと面談、生徒小屋を視察、生徒達と交流。奨学金試験解答回収、ポーンケオ小学校訪問、文房具他をプレゼント、ナーヤン村で藍染草木染工房の見学。
 3月6日(月) ポーンチャル村小学校、ラートコック村小学校を訪問、小学生達と交流、夕刻ルアンパバンで現地解散。

4. 奨学生との面談

各学校で現奨学生と面談を行った。全体的に非常に勤勉なでおとなしい学生が多い。

卒業後は上級学校に進学を希望するが、そのための具体的な勉強なり計画を持っている学生は少ない。自身のことを積極的に発言する学生は少ないが、中には英語で発言しても良いかという学生が居てレベルのバラツキを感じた。

また、中には教師を慕って異動した教師が教える学校に転校したという学生も複数いたのには驚きであった。さらに教師が他校に異動してしまったため、感極まって面談中に涙した学生が居た。この純粋な気持ちに感銘を受けた。以下学生達との面談記録の要点を記す。

・母、叔母二人、本人の四人家族。父が亡くなったため将来医者になりたい。
・モン族で家が遠いため叔父の家で住んでいる。3週間に一度位帰省。実家では焼き畑の手伝いをしている。
・指輪を3つも嵌めている生徒は祖父母と住んでいる。父がビエンチャンに出稼ぎをしている。将来は医者になって祖父母を助けたい。
・奨学金は学校以外の勉強に使っている。卒業後はラオス国立大学で建築の勉強をしたい。
・現在高校4年生。数学、化学、英語が得意。卒業後国費留学で海外で勉強したい。英語の先生が移動して居なくなり悲しい。
・他の高校から転校した。理由は本人は数学が得意で数学の先生が有名なため。
奨学生との面談風景

奨学生との面談風景

奨学生との面談風景

奨学生との面談風景

5. 小学生との交流

手しごと屋とつぼみの会の皆様は、ラオスの子供達に日本の遊びを紹介しようとラオスに出発前に色々なアイディアを出し合って準備をしてきていた。手しごと屋のグループは小学生から大学生それにシニアの方まで正に老若男女が勢ぞろいしており、夫々の経験や創造の知恵を絞って色々な道具を準備して参加して頂いた。圧巻だったのは”あやとり”であった。行たのは小学5年生の参加者である。このために同行の祖母が50本のあやとりを準備しラオスの子供たちに配って遊び方を教えた。子供たち同士であたかも友達のように教えあって楽しく遊んだ。

ハーモニカや樹音、ピアニカなどを使った日本の音楽紹介も良かった。以下交流ツールなどを記す。

・詩吟
・ハーモニカ、樹音、ピアニカ
・折り紙遊び、折り紙の鎖で部屋のお飾り
・あやとり
・唄と踊り
・生徒のお絵かきと身長測定
・ゲームなど
あやとり遊び

あやとり遊び

折り紙の輪で教室を飾った

折り紙の輪で教室を飾った

 

 

 

 

 

 

6. ナーヤン村での藍染見学

藍染工房

藍染工房

7. 反 省 等

ルアンパバンの視察では多くの交流と新しい経験、学びがあった。反省も含めて以下列記する。

・大人数(今回は25名)の同行案内方法の改善。
・奨学生との面談について適切な質問を行うよう改善。
・大勢の子供たちにノウハウを教える場合の指導方法を勉強。
・教師を慕う純真な心を持つ学生達の存在を学ぶ。

8. 参加者の感想など

ラオスの風は温かい 手しごと屋豊橋 参加者

ラオスに足を入れるのは、全員初めてでした。ヴィエンチャンは想像より都会的できれいな町でした。町中世界遺産のルアンパバーン。ナイトマーケットがとても安く楽しかったです。朝の托鉢風景も独特でこれも良し。

いろいろな学校への訪問はそれぞれに衝撃的でした。過去に文字のない生活を強いられてきたラオスの歴史、生活継承の不確かさとスロータイムにびっくりです。世界の大国によっていじめられ犠牲になった(日本も含む)民族。それでも命は受け継がれてきました。植民地化されたらもっと色濃くヨーロッパの文化や知的遺産が残るはずなのにこの国にはあまり感じられない。どういうことなのかと不思議でなりません。しかし、自然と人間の豊さに心あたたまりました。どんな風が吹いて来ようとラオの風は暖かい。

行きたかったタイ・ラオス、世界を見てきなさいと母に背中を押され(抜粋)

手しごと屋豊橋最年少参加者

「狭い世界を見ているのではなくもっと広い世界を見てきて欲しい」という母はそんなことを考えていたことを知って嬉しかった。学校の教室は木などでできていて、とても狭く1つの机に4人くらいぎゅうぎゅうに座っていて教科書は1人に一冊無くて、そんな学校ばかりだったのでびっくりしました。そうしてみると、私たちなんか、とてもいいところで生まれて、とても裕福でお金持ちなんだなと思いました。

ラオスに感動、今の境遇に感謝 つぼみ会参加者

メディアだけから知っているラオスの貧しい暮らし。DEFCに参加することで 教育が受けれない子供がいる環境や状況を知りたいと思い参加しました。

女子寮を見学した時には愕然としました。薄暗い大きな部屋が2段になっていて 粗末な布団のスペースだけが自分の場所。そこに30人の生徒が住んでいる。キッチンとは呼べない場所で地面での調理。日本では考えられない環境に泣きそうになりました。でも彼女たちは美しい笑顔で私たちが持っていったノートや小物を喜んでくれた。

日本の子供にあげても何も喜ばないようなものでも嬉しそうに手を合わせて喜んでくれる裸足でボロボロの服の子供を見たら抱きしめたくなる愛おしい気持ちだけでした。色んな学校を巡りましたが、言葉は気持ちを超えるという熱い体感もできました。ラオスでは自分自身では自分自身で生きていく知恵、強く生きる術、感謝の心、大事にすること…etcを学びました。以前「日本人は生活をお金で買っている。自分自身で生活できない」というのを聞いたことがありますが、その意味がなんとなく分かりました。衣・食・住。どれをとってもお金で買うのが当たり前になっている気がします。

日本とは生活も環境も大きく違いますが、今回ラオスに行ったことでそれぞれの良さを知ることが出来ました。また日本でとても幸せな環境にいることを実感しました。最後になりましたが、DEFCの活動が 恵まれない子供たちの将来を大きく、明るくしていることも目の当たりにしました。学校をつくったり、奨学金を募り大学に行けるように援助したり…。

DEFCからラオス大学に行けるようになった学生の夢も将来のラオスに貢献する素晴らしい夢でした。この経験は私の今後の人生に必ず活きると確信しています。本当に素晴らしい経験を有難うございました。

以上

ラオス人奨学生からのビデオメッセージです。

日ごろよりたくさんのご支持、ご支援を戴き誠にありがとうございます。

2017年2月度のラオス視察の際にフォンサリ県サンパンサイ高校へ奨学生の訪問に行きました。サンパンサイは私たちの支援している学校の中でも一番過酷な車道を行かなければなりません。即ち、学生や村人たちはインフラや物資の面で大変な生活をしている場所です。

そのサンパンサイ高校の学生達と面談し、ビデオレターを作成しました。90名を超えるDEFCの奨学生の中にあってほんの一部ではありますが、皆様に楽しんで頂けたらと思います。登場してくれる学生は以下の通りです。名前の部分をクリックして下さい。

奨学生指名
ノイワンナリーさん
ヴォンカムさん
ヴィラーコン君
ポンサリーさん
ソムヴォンさん
ドゥアンマニーさん
パオさん
ダーカムさん
カムラー君

 

インタビューの背景に見える竹小屋は全て学生寮です。300人の学生が暮らしています。校舎はその他団体の支援があり立派な建物があるのですがトイレは長い間故障中で女子学生も含め外の林の中で用を足さなければなりません。屋内シャワーはもちろん無く、歩いて数分のところに川から水を取水しているところがあり、そこで男女揃って水浴びをしていました。男女一緒ということで戸惑いがあるように思いましたが男女関係なく仲いいもの同士、誘いながら一緒に歩いているところを見ました。インタビューでも彼らの生活の一部しか伝わりませんがご覧頂ければ嬉しく思います。

今後共ご支援のほど、どうかよろしくお願いいたします。

「爆弾でなく学校を、地雷でなく教科書を」

特定非営利活動法人DEFC代表 松本卓郎

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