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DEFC便り 31(2020年5月)を発行しました。

「DEFC便り31」20200511

主な内容は以下の通りです。

  • 代表ご挨拶
  • 国内活動
  • ラオス活動
    • 新規 小学生支援
    • 奨学生面談、奨学金試験
    • 玉子焼き給食、学用品・生活用品プレゼント
    • 奨学生からの手紙(2件)
    • ラオスの学校にて
    • ラオス会計
    • サイサモン学校訪問、3グループラオス活動
  • 支援要請への対応
  • DEFC 収入報告
  • DEFC 銀行口座
  •  

DEFC便り 30(2019年3月)を発行しました。

以下のurlをクリックして下さい。

「DEFC便り30」2019.3.6.発行版

主な内容は以下の通りです。

  •  代表挨拶
  •  知多ライオンズ・ドンサイ村小学校再訪
  •  高校学校視察 奨学生面談、奨学金試験
  •  学用品などの提供
  •  奨学生からの手紙
  •  服部フォンケオ村小学校
  •  関ライオンズ校舎等建設と譲渡式
  •  視察の一コマ
  •  中等学校学生寮と自炊の様子
  •  日本のNPO支援、Woman’s Happiness 作業所見学
  •  サイサモン小中私立学校 つぼみ会の活動
  •  DEFC 収入報告
  •  掲載写眞

 

 

 

DEFCラオス視察報告および所見 (2018.3.31)

報告者  沢田誠二 (DEFC事務・会計担当理事)

期 間   2018年2月27日(火)- 3月23日 (24日間)

主な視察先と仕事、参加人数など
・カムアン県カムクート村カムクート中等学校及びナパワーン村、関ライオンズプロジェクト、参加9名
・ルアンプラバン県の支援村小学校訪問および中等学校生徒寮視察、参加12名(ルアンパバン市街で出遭った日本からの旅行者2を含む)
・ルアンプラバン県フォンケオ村小学校新校舎譲渡式、服部プロジェクト、参加22名、打ち合わせ不足で式次第で少し混乱、生徒たちと学校へたくさんのプレゼント、全体としては成功裏に終了。
・7次奨学金試験実施、採点と適格者判定と通知は未了
・サイサモン学校での授業観察と指導、教え方の改善(教材不足)
・DEFCラオス会計の監査と整理(明確になった)

会計概要
・これまで通りDEFCが立替え支払いし、参加者ごとの個別会計記録を作り、後で清算してもらうやり方で実施(現地でいちいち割り勘などできないから)。
・服部プロジェクト実施事務費を受けているので、共通経費の一定額をこれから支出した。
・DEFCスタッフとして2名分をDEFC負担した(この負担の大部分は、服部プロジェクト実施事務費から支出)。
・参加者それぞれの個別会計を作っています(現在精査中)。
・参加者の求めにより、当該部分を個別にお知らせします。

所見と今後の仕事と展望
・7次奨学金試験は中等学校からの答案待ち(バス便なので時間がかかる)。採点と集計はサイサモンとサイサモン学校の教員に任せている。集計で成績が出次第、学校を通じ学生へ通知する予定。学生に結果が届き、銀行口座開設や写真と手紙が返って来るには、数か月かると思われる。通信を何とかしたいものだが、指示事項の理解を含め課題が多い。
・関ライオンズプロジェクトは順調に進んでいる。送金計画と、竣工・譲渡式日程を決める段階に来ている。

日  誌 (写真の一部は別の報告書でも使用)
2月27日(火) (担当者2名予定通り無事到着) 沢田: 10:30関空、18:00ヴィエンチャン着、藤澤: 20:50着、DEFCラオス人担当者サイサモン夫妻が出迎え、DEFC図書館(以下図書館)泊

2月28日(水) (滞在中の準備仕事) 奨学金試験問題校正、支援者提供フォーンケオ村新校舎記念標発注、図書館泊、気温27-32ほど、

3月1日(木)  (滞在中の準備仕事) 試験問題最終校正、13:00サイサモン学校授業視察、図書館泊

(写真はいずれもサイサモン学校(DEFCが一部支援、図書館に隣接、幼稚園・小学校と中学校課程、生徒数300)の様子)

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3月2日(金) (奨学金試験実施作業) 試験問題と生活調査票原本印刷、高校へ発送準備、午後、通訳ミン(東京外国語大学の国費留学生)さんが来て翻訳作業などへ参加、図書館泊

3月3日(土) (奨学金試験問題送付作業と今回の視察旅行参加者1名出迎え) 試験問題と生活調査票のフォトコピー印刷、高校別に仕分け、奨学金報告と共に封筒に入れ発送準備、夕方参加会員を空港迎え、予約宿へ送り、図書館泊

3月4日(日) (奨学金試験送付作業と今回の視察旅行参加者つぼみ会4名出迎え)当該教育局と高校宛試験実施依頼文書つくり、バス便宛先などコピー、サイサモン点検と文書へ署名、DEFCの公印捺印、フォンサリ教育局とウドムサイ教育局宛、バス便発送所で発送、夕方つぼみ会員2名を空港迎え、2時間後他の2名迎え、会員ホテル送り、図書館泊

3月5日(月) (二か所校舎等建設支援予定地視察、日程の都合により日帰り)
カムアン県カムクート中等学校学生寮建設支援(関ライオンズプロジェクト)準備状況視察、7:00出発ミニバス、同行者9名、13:20、到着、2組に分かれ、私とサイサモンは校長から状況を聞き建設予定現場視察、今後の打ち合わせ、他の人たちはミン通訳で生徒たちとの面談、学生下宿訪問、14:30ナパワーン小学校視察、村人との協働の意義、計画進行状況、資金支払い時期と方法、竣工譲渡式の時期、木材などの調達と準備状況を聞き取り、16:00帰途、帰着20:30、図書館泊

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(写真上左から、道中の風景、カムクート中等学校校舎一部、生徒たち、校長面談、教員宿舎、有料生徒アパート、ナパワーン村小学校校舎、同生徒たちとの記念写真)

3月6日(火) (ルアンパバン視察準備) 会員空港送り、服部プロジェクト提供教科書へのステッカー貼り、ルアンパバン行き準備それぞれ仕事、図書館泊

3月7日(水)(サイサモン学校でつぼみ会4名交流) 会計点検、日々の支出と謝金会計はとても煩雑、つぼみ:午前中サイサモン学校で生徒たちと交流、歌、手品、折り紙コマ作り、ミン通訳、午後:つぼみ、織物センター訪問と買い物、市内のホテルへ移動、夕食、メコン川岸のレストラン、図書館泊

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(写真、いずれもサイサモン学校でつぼみ会4名交流の様子)

3月8日(木)(ルアンパバンへの移動と提供品準備) ルアンパバンへ移動、10:30図書館出発、13:40ルアンパバン着、強い吹きおろしつむじ風、支援者合流、5:00明日からの田舎訪問のための提供物品購入、雨少し雷、夕食:国際通りのレストラン、ラオス料理とピザ、夜店を見て帰る、ルアンパバン泊

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(写真左、市場で買い物、生徒寮への提供品、給食用たまごなど、写真右:世界遺産都市国際通りの風景)

3月9日(金) (世界遺産都市ルアンパバン市外から北へ田舎の支援地視察)
8:30田舎へ出発、昨日の夜出逢った学生カップル同行、9:20パクウー教育局、奨学金試験実施依頼、パクウー高校訪問、桐原寮の女子生徒たちが待っていてくれて交流とプレゼント、寮生活に必要なタオルや歯ブラシ、フリカケ、ラーメン、自炊用薪コンロ、食器棚など提供、ミンさんが通訳、寮生たちの意見や様子を聞く、10:30、ナムガー高校、郡教育局長ブンタン先生と合流、試験問題を渡して、11:30ラーコック村小学校訪問、1-2年生の分校、20名ほどと先生が待っていて交流会、歌と踊り、紙クサリ作り、生徒一人当たり自分の背丈の長さまで作らせ、それぞれをつないで黒板や壁に飾る、サイサモンと村のお母ささんたちは給食つくり、12:30手洗い教室後イタダキマース、初めは戸惑っていた生徒たち、嬉しそうに食べてほぼ全員が完食、プレセントのノートと鉛筆を配り、13;20記念写真をしてバイバイ、道中の奨学金高校、ナムツアム高校続いてナムバーク高校へ立ち寄り試験問題配布、金曜日の午後ですでに学校は閉まっていて生徒も先生もいない、16:00ナヤーン高校、ナヤーン村で草木染の木綿製品の買い物、この村ルー族の伝統建築保存に携わっているNPOに遭遇、どこかの大学の先生と学生と支援者たち数人、ここに寝泊まりして竹屋根の張替えをやっている、18:30ンゴイ着、ハイシーズンで西欧の人たちでにぎわっている、ンゴイ泊

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(写真左から、パクウー中等学校生徒寮(女子寮)の生徒たち、提供品、自炊場コンロ)

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(写真左から、ラーコック村小学校校舎(DEFC支援者グループ建設)、小学校生徒たちを紙クサリ作り)

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(写真左から、給食卵焼きつくり、一緒にイタダキース、緊張気味)

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(写真左から、校舎、ナヤーンの伝統家屋、この村は伝統的な織物と草木染で名が知れれている、織物買い物、ンゴイ村の景観)

3月10日(土) (田舎の支援地からルアンパバンへ移動、道中の支援地訪問視察)

9:00出発、11:00フォンチャラン小学校、つぼみの皆さんの支援で作った校舎、子どもたちが待っていてくれる、先生二名、本校から一人来てくれている、さっそく歌とお遊び、プレセント提供、ミンが上手の通訳、サイサモンは村のお母さんたちと給食準備、卵焼きつくり、電気のコンセントが三又で合わなくて、村人がつなぎ部品を探して持ってきてくれる、参加者が持ってきたてくれた鉛筆や菓子それぞれ配布、給食:蒸米とふりかけとサイサモン卵焼き、机を取り払って床にゴザを敷きそのうえで食べる、生徒たち嬉しそう、上級生や入学前の子どもたちとお母さんたちは窓から見ているだけ、少しかわいそう、食後記念写真して13:30バイバイ、帰途メコン川沿いで一服トイレ休憩、16:00ホテル着、若者カップルとバイバイ、皆さんを下ろしてすぐに空港、藤澤と私とサイサモン、服部プロジェクトの一行出迎え、皆さん少し緊張とお疲れ様子気味、初めての海外旅行の人が半数以上、予約宿チェックイン後18:00バスでサイサモンが予約しておいてくれて古くからのラオス料理の店、藤澤さんの司会で自己紹介しながら会食お楽しみ、皆さんよく食べている、これで明日は安心、20:30夜店見物、ルアンパバン泊

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(写真左から、フォンチャラン村小学校(つぼみ会建設う支援)、卵焼きふりかけ給食、記念写真)

3月11日(日) (新校舎譲渡式、愛知県の服部夫妻支援により竣工)  服部プロジェクト新校舎譲渡式 8:30出発、みなさん元気そう、たくさんのプレゼント荷物、ミニバス2台と乗用車1台、乗用車は会員の一人が早く帰るため、道中少し雨、11:00フォンケオ小学校到着、新校舎は附属提供の滑り台、ブランコ、鉄棒と共にきちんとできている、村人と生徒たちはテント設営して待っている、すぐに荷下ろし、全員挨拶して仕事分担、新設校舎の職員室でプレゼントの仕分けと譲渡式、ブンタン先生の司会、服部夫妻と村長が雛段、ミンは服部様に付き添い通訳、1-2年生分校生徒全員と村人、服部グループの何人かが参列、ブンタン先生の挨拶と経過報告、服部様の挨拶、「トヨタ自動車の創始者の豊田佐吉の話、佐吉はお母さんを楽にさせたいと思い機織り機の改良をしたんだよ、皆さんもお母さんを大切にしたいと思うでしょう、そのためには元気で賢い子、しっかり勉強してお母さんを喜ばせる人になってください」、記念標識標の紹介、プレゼント紹介と提供、生徒たち全員と村人一家族当たり全戸、ふりかけや菓子など、学校へのプレゼント、教科書、文房具、サッカーボールなど、コンクリ製の滑り台はなかなか上手にできている、一通り終わってバーシー儀式後会食、心尽くしのものを出してくれる、蒸米、テラピアのから揚げ、ラタンの芯の茹でたサラダ、など、この辺りはさらに奥の山岳部より豊かである、子どもたちとの歌と踊り、皆さんで楽しく交流、14:30お別れ、帰途トイレ休憩して17:30ルアンパバン宿に帰着、17:50バスで国際通りのピザや夕食、皆さんお疲れのようだが満足のご様子、ミンが良くやってくれた、夜店見物しながら宿へ帰る、ルアンパバン泊

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(写真左から、建設中のフォンケオ村小学校校舎、提供者服部夫妻と譲渡式参加の一行)

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(写真左から、記念標、譲渡式服部様の挨拶)

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(写真左から、プレゼント提供、ノート、鉛筆、縄跳び、菓子など、完成した滑り台)

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(写真左から、バーシー儀式、協働した村人たち)

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(写真左から、生徒たちの返礼ダンスと歌)

3月12日(月) (服部グループと別れ、NPO訪問、ヴィエンチャンへ移動
5時ころ雨音、皆さん朝市と托鉢見物、9:00宿支払い、服部グループ、藤澤、参加者、ミンは滝と市内見物後夕方便でBKK経由帰国、つぼみ、サイサモンと私は王宮博物館を見物、NPO-ネズミ兄さん訪問、自主出版の絵本をプレセント用に購入、12:00空港チェックイン、14:00ヴィエンチャン帰着、気温32度、20:10つぼみ2名帰国を空港送り、藤澤、門田、ミン、20;35ルアンパバンから帰着、図書館泊

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(写真、NPO-ネズミの兄さん事務所、朝日新聞の顕彰と京田辺市カード提供)

3月13日(火) (記録と会計点検と整理、サイサモン学校行事、帰国者送り)
記録整理、藤澤さんがやってくれている個別会計点検、9:30つぼみ2名はサイサモン学校1年生で交流授業、歌やマジックをしており画もコマ提供、ミン通訳、午後サイサモン、ミン参加者と共に市内見物、17:00帰国皆さんを空港送り、図書館泊

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(写真左、つぼみ提供の指人形をサイサモン学校の先生が演出、生徒たち大喜び、写真右、サイサモン学校校長へ京田辺カードとふりかけ提供)

3月14日(水) (記録と会計点検と整理、サイサモン学校行事、帰国者送り)
9:30ミンに来てもらい飛行機乗り遅れの参加者対応、新しく航空券購入、サイサモン、藤澤、沢田は空港近くの市場内の銀行で奨学金振り込み作業、40名分、混んでいて順番がなかなか回ってきそうにない、藤澤さん市内へ移動、16:00突然の強風の後豪雨、雷なし、丁度生徒たちは帰る時間、雨宿りの様子の写真撮影、19:00参加者空港送り、出国手続きの所まで送る、図書館泊

3月15日(木)  (記録と会計点検と整理、奨学金試験解答採点と記録)  5:00会計点検と記録整理、10:00ミンに手伝ってもらってサイサモン学校の授業観察、11:45、旧知友人と昼食会、藤澤、ミン、サイサモンとも、中国のプランテーション、バナナやスイカ野菜ゴム園などの農薬問題、薬物中毒と強制収容とリハビリ問題などの話を聞く、ナヤーン高校からの奨学金試験解答受取り、図書館に帰ってミンさんと採点、私の滞在中に解答バス便は届きそうにない、7次奨学生決定が遅れることになる、図書館泊

3月16日(金) (記録と会計点検と整理、奨学金送金仕事)
夜半雨、かなり降った様子の水たまり、5:00、会計集計、一年前のSIVIO資金送金記録会計簿に記入、サイサモン会計の点検整理、9:00、サイサモンとミンに手伝ってもらって奨学金の銀行送金と預金、ラオす国立大学の中の銀行、送金リストと依頼状を出せば奨学生ごとに振り込み用紙を書かなくてもよいということで、急遽近くのパソコン屋で文書つくり、DEFC金の預金K24,000,000Kipと$300、ラオ大の学生食堂見物、1000人ほどは入れそうな広さ、新しい清潔感、数人の学生にインタヴュー、物理を専攻の一年生、勉強が難しく高校のほうが楽しかったとのこと、10:30図書館で奨学生試験問題印刷、サイサモン学校で実力試験としてやらせる。英語、数学、国語作文、中学生3,4年生、国語作文は小学校4,5と中学校全員にやらせる、生徒たち配布されて答えをすることがほとんど初めてであろう、結構喜んでいる、サイサモン現金会計の整理、ラオス会計は明確になった、ウドムサイの奨学生たちが手紙と写真スマホで到着、不鮮明で読めそうにない、図書館泊

3月17日(土) (記録と会計点検と整理)
6:00、日誌、記録整理、会計集計、煩雑な会計もやっと先が見えてきた、藤澤さん帰国、図書館泊

3月18日(日) (記録と会計点検と整理)
5:30、会計整理、服部会計へ記入、細部の詰め、昼食:サイサモン夫妻が娘のナパラを連れてきて会食、夕食:17:40、ミンの家でバーシーへ呼ばれる、サイサモンとも、親せきや友人が来ていて屋外パ₋-ティ、帰図書泊

3月19日(月) (記録と会計点検と整理、資金移動・預金仕事)
5:30、あれこれまとめ仕事、報告書や記録、会計整理、午後サイサモンが町の換金屋(公認)換金30万円、サイサモン会計補填、ナムバーク高校からの解答受取り、今後サイサモン学校の先生たちに採点と集計、決定と通知を依頼、奨学金試験結果集計と高校別逐次報告の説明、今回はどうやら5月の学年末までに学生に通知が届きそうにないと心配、図書館泊

3月20日(火)  (記録と会計点検と整理、サイサモン学校で歯磨き教室、手作りノート作り、絵本読み聞かせ教室指導)
9:00隣の看板屋で服部プレートの原版データ受領、ついでに両国の国旗を入れてもらう、つぼみが置いて行った文房具や遊び道具、おもちゃを整理してサイサモン学校へプレゼントとして渡す、撮影してきた写真の整理、午後サイサモン学校で幼稚園と小学校1年生へ歯磨き教室、先生に任して行う、一年生は歯磨きはほとんどの子がやっていない様子、幼稚園に至っては歯ブラシそのものを見るのは初めての子どもが多数、恐る恐るやっている、口を開けさせて歯を見るとほとんどの子が虫歯、下大臼歯が両方とも黒くなっている、5人に一人くらいが虫歯なし、幼稚園小1とも、10年前には虫歯の子はほとんどいなかった、甘いものや菓子が増えた結果と思える、図書館泊

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(写真左から、サイサモン学校での歯磨き教室、幼稚園児や一年生は虫歯多い、歯磨きを全くやっていない子供もいる様子)

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(写真、サイサモン学校作りノート教室、表紙に好みの絵柄を張り付ける)

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(写真、サイサモン学校絵本読み聞かせ、生徒たち大喜び、写真右、幼稚園塗り絵教室)

3月21日(水)  (記録と会計点検と整理、サイサモン学校で絵本読み聞かせ教室)
9:00、授業観察、先生による絵本読み聞かせ、幼稚園:全くダメ、子どもたちが全く寄ってこない、午後子どもたちに色鉛筆で塗り絵や絵をかかせる、かなりの子が喜んでやっていた、先生に子どもたちの作品を壁に貼らせる、一年生クラス絵本読み聞かせ、カニや魚が出てくるお話、初めから子どもたち大喜びでお話に集中、先生は後ろの子にも絵が見えるように教室内を歩き回って話を続ける、小5クラス、私たちの世界の38章、内戦・革命戦争の部分をとうとうと喋りまくっていた、生徒への発問は一切なし、子どもに発問し応えさせたり考えさせることはほとんどなく、生徒はただノートをとるだけ、このやり方を変えなければならない、図書館泊

 

3月22日(木)  (サイサモン学校で絵本読み聞かせ教室、歯磨き教室、教員指導)
5:50、部屋整理、ベッドカバーなど洗濯、6:00外掃除、10:00小3教室で歯磨き教室、残っていたバブラシすべて提供、昼飯後のお昼寝時間、サイサモン学校先生6人との面談、サイサモンが通訳、授業の基本的は構成について解説、一人だけメモを取っていた、教員研修や教材作りについて次回はやってみたいものと考える、ラオス出発20:10

 

3月23日(金) 帰国関空6:40、8:50帰宅

 

以上

 

 

 

DEFC 便り 28

 DEFC便り 28(2017年12月)を発行しました。(容量607kb)以下のurlをクリックして下さい。

_DEFC28_20171211発行版

主な内容は以下の通りです。

〇 秋のラオス視察 松本代表報告
〇 国内活動
〇 今年(2017年)春のラオス視察報告 支援者現地案内
〇 奨 学 金 (田舎で貧しくて大変だけど頑張っている高校生への支援金)
〇 2016-2017年度通常総会報告
〇 DEFC 収入報告 ご支援、ありがとうございます。
〇 ご案内 DEFC銀行口座     ご支援は以下の口座へお願いします。
〇 DEFCの協力団体紹介

 

付きまとう薬物

DEFC事務局 沢田誠二

アヘンは有史以前の遺跡でも痕跡が見つかっているとのことです。祭りや祈りまたは治療に使われたのでしょうか。人類が最も古くから付き合ってきた薬物の一つと思えます。近世になって西欧で一時市井にもてはやされたこともありましたが、その強い中毒性のため今では世界中で禁止薬物です。

禁止に至る近代史で、ケシ栽培とアヘン生産は戦争におぞましく付きまとっています。植民地全盛時代の大英帝国が中国(当時清朝)に対して行ったアヘン戦争はその典型です。インドで作ったアヘンを中国へ持ち込み大儲けしました。国を疲弊荒廃させるとして抵抗した清国に戦争を仕掛け屈服させたのです。軍国時代の日本の関東軍の隠された資金源でもありました。当時の満州(今の中国東北部)で作ったアヘンを中国(当時中華民国)へ密輸販売し巨額の利益を得ました。中国はますます疲弊しましたが一方では、これではいかんという人たちが立ち上がりました。

戦乱と疲弊貧困の連鎖はアヘンを伴って今も続いています。昨今の世界のニュースはアフガニスタンとその周辺でケシ栽培が復活していると伝えています。過去数十年来アフガニスタンは戦乱と貧困の中にあります。貧しい辺境では以前からケシ栽培が盛んでした。二昔前にターリバンが政権を取って禁止し栽培は減少しました。しかし、その後追い出される立場になったターリバンは資金源とするために栽培と生産をやっているのです。この連鎖を止める方法はあるのでしょうか。

ラオス、タイ、ミャンマーが隣り合う地域はもう一つの大きな栽培地でした。べトナム戦争を知る村人は「当時このあたりはケシでいっぱいだった」と言っていました。いずれの勢力がこれから資金を得ていたのかの詮索はともかく、今世紀初めラオス政府は日本を含む国際支援で中毒者の治療もあわせてケシ栽培撲滅に乗り出し、数年後に一掃したと宣言しました。タイはもっと早く、周辺の国々も同様な施策を行いました。

しかしながら他の禁止薬物で依然東南アジアは危険なところです。旅行者や戦乱に直接には関係のない人たちがこの種の薬物に誘われるのです。これを防ぐためどの国でも厳しく規制し、理由は何であれ所持するだけで死刑、良くて終身刑です。興味があるからと近づかないこと、決して見も知らぬ人から物を預からないことです。

撲滅宣言をしたこの地域で、ケシ栽培がひそか進んでいないか心配です。

以上

 

50‐100円の引き出し

2017年6月1日  DEFC事務局 沢田誠二

久し振りにラオスの話題、二年以上前にここで紹介したひげチョビたちがやっている奨学金です。延べ人数は110名を越えました。この内30名が終了、大学や専門学校へ進んでいる学生もかなりいます。何人かは知らせてくれました。田舎の高校生へ3年間、半年ごと¥6,000円のちいさな提供ですが結果が出てきています。問題も少し。

十年前と比べラオスは大きく変わりました。教育もその一つです。田舎や山岳僻村でも子どもたちは学校へ行くようになり、半数以上が中学校へ進んでいます。教科書は不十分ですが行き渡ってきています。先生の教え方も変わり低い目線で教えるようになりました。でも、高校へ進む学生はまだ少なく、ところに依りますが半数程度です。この年齢になると家事や農業の大切な働き手です。大部分は単純作業ですが出稼ぎで収入も得られます。進学しても結婚でやめてしまう例も少なくありません。高校がまだ未だ少ないことも理由でしょう。

学校が遠くにあるため毎日の通学が出来ないので、遠隔地の学生は学校の近くに居留します。親戚や知人を頼って下宿したり、二段ベッドの学生寮、竹や草葺の小屋に住んでいます。寮や小屋住まいでは自炊が当たり前で、カップラーメンはごちそうです。週末や休日は農業の手伝いや家畜の世話のために実家に帰ります。中には学期中に1、2度しか帰らない学生もいます。遠いし帰る金もないからです。片親や両親とも死別した学生、7-8人の兄弟姉妹の中で本人だけ高校へ来ている場合も少なくありません。奨学金はこのような状態で頑張っている学生を選んでいます。

送金は銀行振り込み、直接に本人の口座へ届けます。事情があって学生たちの通帳を調べました。首都から送っているのですが、その日に届かないで数日後から一週間ほどして届く場合があることが分かりました。最近の例では3か月たって届きました。どういうわけか分からないのですが、遠隔の山岳地にあるATMの場合、現金輸送が間に合わないのかもしれません。

心待ちにしている送金が届くと、学生たちはすぐに全額を引き出しています。幾人かは少しずつ、日本円にして¥50-100円単位で引き出していました。いずれも大切に使っているのです。学用品やどうしても必要と思える数学や英語の教科書を買ったり、補習してくれる先生への謝金、カップラーメンなどの食品、親元へ帰るためのバスや渡し船代に使っているようです。多分実家の生活、兄弟の学用品などにもなっていることでしょう。

生活と勉強の様子を知るために、手紙と写真を送金前に送ることを条件にしています。始めは大変そうですが卒業近くになるとまとまりの良い手紙が届くようになります。送られた写真で見るb彼らの成長はとても嬉しいものです。

最近はスマホで送ってくる学生もいます。早くて便利でよいのですが、問い合わせや相談事もあって担当者泣かせになってきています。資金はすべて支援してくれる人からいただいています。ありがたいことです。

田舎の中高生たちと住んでいる小屋(2016年2月)

田舎の中高生たちと住んでいる小屋(2016年2月)